がん闘病のカギ握る運動する力 治療の適用に影響
国民の2人に1人は生涯で一度はがんと診断される時代。がんと闘いながら仕事を続けたり日常生活を送る上で、「立つ」「歩く」といった運動機能を維持することが重要だ。がんの治療によって筋力低下を招くこともある。日本整形外科学会ががんによる移動機能の低下を防ぐプロジェクトに乗り出すなど、がんと運動器の関係に関心が高まっている。
約5年前に肺がんの治療を受けたAさん。現在がんの症状はなくなったが、治療を始めた59歳当時は、がんが進行して脊椎の3カ所に転移。医師から「余命半年」と告げられていた。
がんの骨転移が原因で脚がマヒして動かせない状態だった。金沢大学付属病院では骨の病巣を取り除くとともにマヒの解消を計画。脊椎を摘出して人工椎体で置き換えた。これで運動機能がある程度回復、後続の本格的な治療が可能になった。
Aさんのように、肺がんや前立腺がん、乳がんなどの患者は、がんが進行すると骨転移を起こすことがある。転移する部位は、脊椎や大腿骨など股関節周辺、上腕骨など肩関節の周囲が多い。それが原因で下肢がマヒするなど運動機能が損なわれることがある。
がん患者に手術や放射線治療、抗がん剤などの治療をどこまで受けさせるかは、患者の身体の状態に応じて判断される。歩行ができなかったり、寝たきりの状態では、本来の治療が見送られることも多い。
金沢大学整形外科教授の土屋弘行さんによると「がんの治療をどこまで適用できるかは、患者が"動ける"レベルで決まってくる。運動器の機能を維持することが重要だ」と強調する。
がんの骨転移とは別に、がん治療を行ったことが原因で患者の運動機能が低下する。1日ベッドで寝ると筋肉が約2%失われ、抗がん剤治療を2週間続けると筋力が約30%低下するという研究結果もある。
また、前立腺がんや乳がんのホルモン治療や、化学療法と併用されるステロイド投与によって、骨がもろくなる骨粗しょう症が進行することがある。
土屋さんは「がん治療と併せて早期にリハビリテーションを始めるのが有効だ」という。
見逃せないのは、中高齢のがん患者は変形性関節症や頸椎(けいつい)症、骨粗しょう症といった運動器の疾患がもともと多いこと。これとがんの症状を見分ける必要がある。
金沢大病院を受診した82歳の男性肺がん患者の場合、頸椎への転移が疑われてステージ4の進行がんといったん診断された。だが整形外科で再度検査したところ、骨転移ではなく変形性頸椎症であるとわかった。このためいったん見送っていた肺がんへの本格的な治療を行うことにした。
がんやがん治療に伴う痛みやマヒの状態を改善することが、患者の生活の質向上に役立つ。がん本来の治療と併せて運動器ケアに留意する意味は大きい。
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整形外科学会 移動機能の低下 ケア充実へ対策
日本整形外科学会は、がん患者の運動器ケアを充実させるための活動に乗り出した。同学会は運動器の障害で「立つ」「歩く」といった機能が低下した状態を「ロコモティブシンドローム」と名付けていた。
今回、がんの骨転移や、がん治療によって起きる運動器の障害により移動機能が低下した状態を「がんロコモ」と呼び、治療現場などでの対策を探ることにした。
同学会がこのほどまとめた調査では、全国のがん診療連携拠点病院の約6割で、患者の症状や治療方針を医師やスタッフが話し合う「キャンサーボード」に整形外科の医師が参加していた。今後、骨転移に特化した協議組織をつくるよう促すほか、「整形外科医によるがん治療への介入の効果を実証したい」(山崎正志理事長)という。
(編集委員 吉川和輝)
[日本経済新聞夕刊2018年9月19日付]
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