遺伝カウンセラー 検査を基に最適治療を説明
遺伝子検査の内容を説明する「認定遺伝カウンセラー」の活躍の場が広がっている。がん患者の遺伝情報を基に最適な治療薬を選ぶ医療や、妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる検査を提供する病院が増え、患者が治療を選択する上で欠かせない存在だ。ただ欧米と比べて担い手は少なく、人材育成や認知度向上が課題となっている。
「もしかしたら自分や家族はがんになりやすい家系かもしれない」
東京都内に住む太宰牧子さん(49)は2011年、乳がんと診断された。そのときに頭をよぎったのは卵巣がんによって40歳でなくなった姉のことだった。不安を感じた太宰さんは医師に相談し、遺伝子検査を勧められた。
がん研有明病院(東京・江東)で検査し、遺伝カウンセラーと対話。太宰さんはリスクが高くなる遺伝子の変異を持っているとの説明を受けた。妹や姉の子供など親族の遺伝子に関することや発症リスク、治療方法も相談したという。
太宰さんは「がんになりやすいと知って不安になったし定期的に検査を受けるようになった。ただ、今でも検査結果を遺伝カウンセラーに相談して心理的にサポートしてもらっている」と話す。現在も半年に一度は相談に行く。
最適な薬を選択
遺伝子の変異を調べて体質や病気のかかりやすさを判定する遺伝子検査は公的保険の対象外で、費用は検査項目数によって数万~数十万円。ただ、検査の結果、病気になりやすい遺伝子を持つと知り、心の整理ができない人もいる。
遺伝カウンセラーは遺伝医学の知識を持ち、専門のカウンセリング技術を身に付けており、患者が納得して治療を選択できるよう支援する。相談費用は数千~1万円程度必要となるが、検査の前後に患者と面談。医療提供側とは一線を画した立場で、遺伝性の病気の解説から異常が見つかった場合の手術方法、家族が病気になる可能性など様々な相談に応じている。
日本遺伝カウンセリング学会の小杉真司理事長は「医師では聞けない患者の悩みや疑問を聞き取り、解決手段を一緒に考える仕事」と説明する。
遺伝カウンセラーの役割は重みを増している。代表的な例が、がん患者のゲノム(全遺伝情報)を調べて最適な治療薬を選ぶ「がんゲノム医療」だ。2018年から全国11施設が中核拠点病院に指定された。
その一つ、大阪大病院(大阪府吹田市)は3人が在籍している。医師や薬剤師など複数の専門家による「エキスパートパネル」と呼ばれる病院内の会議に出席し、遺伝子検査の結果を話し合って医師らと一緒に患者や家族に説明する。エキスパートパネルの開催は月1回。今後は連携する病院を含め毎回10~20件ほどが検討対象になる。
同病院の遺伝カウンセラーの山田瞳さんは「遺伝性がんの遺伝子変異が見つかった場合、発症率など科学的な視点と、家族構成など患者さんの視点を大事にして治療の選択肢を伝える」という。検査を受ける人は増加しており、10月には現場の看護師と遺伝性がんに関する勉強会を開く予定だ。
日本産科婦人科学会が遺伝カウンセリングを義務付ける新出生前診断も実施する病院が増えると予想されている。母体の血液を流れる胎児のDNAから染色体の異常を調べる検査で、すでに全国約90の医療機関に限っていた臨床研究を終了。同学会は18年3月、今後は条件を満たした病院での一般診療とする方針を発表しているからだ。
公開講座を開催
その一方で、遺伝カウンセラーは17年12月現在で全国に226人で人手不足が問題となっている。青森、秋田、山形、群馬、富山、福井、滋賀、奈良、島根、佐賀、鹿児島の11県は一人もいない「空白県」。ゲノム医療が先行する米国では約4千人とされ、大きく遅れている。
遺伝カウンセラーの認知度も高いとはいえない。養成校の一つ、お茶の水女子大学(東京・文京)の三宅秀彦教授は遺伝カウンセリングを知ってもらおうと18年2月、患者に協力してもらい、カウンセリングの様子を再現する公開講座を開いた。「知っていれば利用したかった」という声も寄せられたという。
三宅教授は「需要が増えて遺伝カウンセラーの地位向上につながれば、目指す人が増えるかもしれない」と期待している。
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質保ち、定員増めざす
遺伝カウンセラーは、日本遺伝カウンセリング学会と日本人類遺伝学会が認定する制度だ。担い手が不足する背景には、養成大学の少なさと教育体制が十分に整っていない事情がある。
遺伝カウンセラーは、大学院で2年間、講義を受けて修士論文を執筆するなどし、卒業後に年に1度行われる試験に合格することで資格を得る。大学院は全国に15カ所しかなく、1つの大学の定員は4人程度だ。講義は病院での実習を重視し、マンツーマンで指導するため学生は少数にならざるを得ないという。
教員として働く遺伝カウンセラーの数も足りていない。遺伝カウンセリングの普及が進む欧米では、30~40人ほどを1つの教育機関で育成できる体制が整っている。全国から求人があるが、嘱託として採用する病院もあり、安定した雇用を求める声も上がっている。
安易な増員は質の低下につながりかねない。高い教育レベルを維持しながら、養成大学や定員を増やしていくことが課題となっている。
(福井健人、佐藤未乃里)
[日本経済新聞朝刊2018年9月17日付]
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