あっさりと臭みない赤身 和歌山・すさみ町のイノブタ
和歌山県すさみ町の県畜産試験場で1970年、イノブタが誕生した。イノシシとブタをかけ合わせたのがイノブタだ。当時は全国でも先進的な成果で、町はイノブタで観光客を呼び込もうと、86年にパロディー国家「イノブータン王国」を「建国」した。町内には鍋や丼など様々なイノブタ料理を楽しむことができる飲食店が集まる。
町は建国の宣言書を当時の中曽根康弘首相に手渡し、渡辺美智雄通産相とは「通商友好条約」を結んだ。王国の「首相」には町長が就任。毎年5月に建国祭とイノブタダービーが開催され、今年は1万人の観光客でにぎわった。
イノブタダービーと並ぶ観光の目玉がイノブタ料理だ。ホテルベルヴェデーレは鍋やステーキ、ヒレカツなど様々な料理を提供している。まずヒレカツを食べてみた。イノシシ肉は硬い印象があったが、イノブタ肉は柔らかい。味はあっさりしており、臭みはなかった。ステーキは脂が口の中で溶け、濃厚な味わいが広がる。最後に鍋を食べた。生のイノブタ肉は一見、牛肉のような赤さだ。鍋に入れてもアクはほとんど出ず、アク取りの必要がない。
同ホテルの運営会社、いこいの村わかやまの坂本信也会長(74)は「すさみ町ならではの食事は何か」と考え、イノブタ料理の提供を決めた。県畜産試験場の指導を受けてイノブタを飼育し、その肉をホテルで提供している。現在飼っているイノブタは約700頭にのぼる。
みき食堂はイノブタ肉を使ったラーメンやうどん、丼などを提供している。特にうどんはカツオ風味の自家製ダシにイノブタ肉の脂が溶け出し、絶妙の味わいを楽しむことができる。イノブタ肉や自家製ダシも販売しており、店主の三木武志さん(59)は「独特の味を気に入り、仕事ですさみ町に来ると、店に立ち寄って購入していくお客さんもいる」と話す。三木さんもイノブタを飼育しており、他店にも肉を出荷している。
道の駅すさみは施設内の飲食店でイノブタの焼き肉丼を提供している。井谷良信駅長(52)は「1日15食限定だが、ほぼ完売する」と胸を張る。イノブタ肉のあっさりした味を引き立たせる自家製甘ダレが人気の秘密だ。
道の駅すさみには、大人と同じ大きさのイノブータン大王と王妃の人形も飾られ、PRに一役買っている。町ならではの土産なら、イノブタ肉のジャーキーが一押しだ。
和歌山県畜産試験場はイノブタ肉の産業化支援のため研究を重ねている。雄イノシシと交配させる雌ブタにはデュロック種かバークシャー種を使う。デュロックはサシが入って霜降りになりやすく、バークシャーだときめ細やかな肉になるという。ただ雄イノシシと雌ブタを交配させるのは難しく、同試験場とホテルベルヴェデーレは雄イノブタと雌ブタを交配させたイノブタも誕生させた。この方がイノブタ肉を安定的に生産できる利点があり、同ホテルはこの手法で生産した肉を料理に使っている。
(和歌山支局長 細川博史)
[日本経済新聞夕刊2018年9月13日付]
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