映画『寝ても覚めても』 予断許さぬ情熱の行方
若い女性・朝子が体験する不可思議な恋の物語だ。柴崎友香の小説の映画化。大阪で暮らす朝子は、ある日、美術館で出会った青年・麦(ばく)に一目惚れし恋仲になる。麦にはどこか正体のとらえがたいところがあり、やがて朝子に何も言わず失踪してしまう。
傷心の癒えないまま東京の喫茶店で職を得た朝子の前に、麦と瓜(うり)二つの亮平が現れる。亮平は誠実な好青年で、朝子にまっすぐな好意を寄せてくる。気持ちの整理がつかない朝子だったが、亮平の人柄に惹かれ、一緒に暮らすようになる。一方、麦はタレントとして人気を博し始めていた。そんな麦と朝子が7年ぶりに再会するときが訪れる。
原作のポイントは、麦と亮平がまったくの別人で、よく似ていると思い込んでいるのはどうやら朝子だけという点にあった。映画では東出昌大が一人二役を演じることで、「分身」のドラマという趣向を帯びる。
風来坊・麦からきまじめな会社員・亮平へと無理なくシフトする東出に驚かされながら、ホラー的でもあり、かすかにおかしみも漂う展開に引き込まれる。2人の東出が朝子をはさんでついに顔を合わせる場面まで用意されている。
両者のあいだで揺れる朝子こそ最も不可解で、スリリングな存在というべきかもしれない。映画初主演の唐田えりかは一見物静かで、表情に乏しくも思える。それだけにいっそう、思いがけない方向に駆け出す朝子の突発的な行動が際立つ。身勝手とはいえ一途な彼女の情熱のゆくえは、まったく予断を許さない。
朝子と亮平を取り巻く友人たち(瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉)もまた、サポート役に留まらないリアルな存在感を放つ。前作『ハッピーアワー』で国際的反響を得た濱口竜介監督ならではの、個々の人間を描き分ける卓抜な演出力が随所に発揮されている。1時間59分。
★★★★★
(映画評論家 野崎歓)
[日本経済新聞夕刊2018年8月31日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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