「私は大丈夫」は禁物 西日本豪雨犠牲ゼロ集落の経験
過去の経験則を信じず、明るいうちに早めに避難
各地で大きな豪雨災害が起こる日本。特に目立つのが高齢者の被害で、7月の西日本豪雨では亡くなった人の約7割が60歳以上だった。災害時、高齢者本人や周囲はどう行動すればいいか。実例や専門家の話を基に考える。
「ここまで水が来るとは思わなかった」と言って唇を震わせるのは愛媛県大洲市三善地区でひとり暮らしをする川上礼子さん(77)。西日本豪雨で近くの肱川(ひじかわ)が氾濫し、家の2階部分まで浸水した。川上さんは足が不自由で、自分だけで避難するのは難しかった。
当初は「2階にいるから大丈夫だろう」と高をくくっていた。洪水に備え、家をかさ上げしていたからだ。自治会の役員から安否確認の電話があったときは、避難しないと答えた。
だが、その後、想像を超える水が押し寄せてきた。2度目の電話の「今ならまだ間に合う」という言葉で避難しようと決めたという。間もなく到着した消防団のボートで救助された。「助けてもらい本当にありがたい」と川上さんは涙を浮かべて感謝する。
西日本豪雨で愛媛県は大きな被害を受け、27日時点では県内で27人、大洲市内で4人が亡くなった。三善地区も約80世帯が浸水する被害を受けたが、奇跡的に犠牲者はゼロだった。
それは、災害時に支援が必要な高齢者や障害のある人のリストを作り、誰が、誰をサポートするかを具体的に決めていたことが大きい。自主的に、あるいは家族や近所の人に支えられながら、早めに避難する高齢者も多かった。
この一帯は過去に何度も水害に遭っており、2006年度に県内でいち早く自主防災計画を策定。住民は冷蔵庫など目につきやすい場所に避難マップを貼り、避難所まで通るべき道順や、近所で避難が難しそうな高齢者の自宅などを自分で書き込んでいた。名前や性別、血液型、持病や服用している薬の情報を書いたカードを避難時に携帯するといった避難生活を想定した備えもしている。
機敏な判断もある。肱川が氾濫した7月7日の朝、三善地区に避難勧告が出され、避難所の一つ、三善公民館に約60人が集まった。上流のダムが放流すると聞き、自治会長の窪田亀一さん(75)は「このままでは危ない」と高台にある四国電力の変電所に誘導した。公民館はもう少し増水したら犠牲者が出たかもしれない。「最悪を想定し、臨機応変に判断する大切さを痛感した」と窪田さんは話す。
三善地区のように実際に水害を受けていなくても、住民が自主的に災害に備える動きもある。その代表が埼玉県戸田市の自主防災組織だ。市内を流れる荒川が決壊すると、市の大部分で3メートル以上の浸水が予想される。10年ほど前に市内に46の自主防災組織ができ、防災計画を作る。
向田町会は3年前から防災の専門家を呼び、勉強会を開く。住民一人ひとりが防災意識を高める狙い。そこで緊急一時避難所を設定する意見が出た。
避難所の小学校まで歩くと大人でも15分かかる。高齢者は、災害時に避難が間に合わなくなる恐れもある。そこで2年前、近くの高い建物に住民が避難できるよう、建物の所有者と交渉し了解を得た。現在、集合住宅6棟と商業施設などを一時避難所に指定し、住民に周知した。
現在、水害時に支援を希望する人と、支援する側に回る人を募集している。結果を町会の地図に落とし込み、水害時に誰が誰を助けるかを取り決める予定だ。町会長の永井富治さん(73)は「住民同士で助け合う態勢を早急に整えたい」と話している。
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「自分は大丈夫」で逃げ遅れ
なぜ、人は逃げ遅れるのか。東京女子大学名誉教授(災害心理学)の広瀬弘忠さんは一因に正常性バイアスを挙げる。災害時、「自分は大丈夫」と思いたがる心理のことだ。
とりわけ高齢者は経験が豊富な分、「ここまで土砂や水は来ないだろう」と甘く見て、避難が遅れる傾向にある。広瀬さんは「今は過去の経験が生きず、想定外の事態が起こる時代になったと肝に銘じるべきだ」と話す。
正常性バイアスに陥らないための処方箋は、災害情報に敏感になることだ。もはや何が起きてもおかしくないという心構えが大事。広瀬さんは「心のトゲ」と呼ぶ。常に大丈夫かと疑い、最悪の事態を想定しておけば、すぐに行動を起こせる。
判断の目安になる避難勧告だが、広瀬さんによると、自治体が空振りを恐れ、発令が遅れることもあるという。勧告が出ていなくても危険が迫っていないか、周囲の状況を見極めて自主的に早めに避難することも必要だ。ただ、夜間に動くとかえって危険な場合がある。基本は明るいうちに避難を始めることだ。
(高橋敬治)
[日本経済新聞夕刊2018年8月29日付]
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