子供のイライラ・拒食… うつ病のサインのことも
反抗期との区別困難 過干渉せず、話聞く姿勢を
イライラしている、ごはんを食べない――。反抗期や思春期と区別が難しい子供のうつ病。子供はうつ病にならないと考えられてきたが、近年の調査から成年とは異なる特徴を持っていることが明らかになってきた。「怠けている」「反抗期だ」と誤って受け止めると、適切な治療を受けられない恐れもある。周囲の大人が早期に異変に気付き、専門の医師の診断を受けることが重要だ。
「最近元気がないし、イライラしてるけど、年ごろだから仕方がないのかな」。学校を欠席しがちになるなど中学生の娘の様子に異変を感じていた母親は原因が分からないまま過ごしていた。
時がたつにつれ、娘が「死にたい」と漏らすようになり、ある日、娘の腕を見ると自傷行為とみられる傷がついていた。事態の深刻さに気付いた母親は娘を連れて急いで病院に向かった。医師から下された診断はうつ病だった。
「子供のうつ病は『怠けている』『反抗期だ』と思われやすい」と説明するのは千葉県市川市にある国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科の宇佐美政英・診療科長。子供のうつ病は成人と異なる特徴があり、「イライラする」が中心症状だ。ほかの主な症状としては「体重減少」「眠れない・過眠などの睡眠障害」などがあげられる。
反抗期との区別が困難なうえ、子供は自分の抱える症状を言葉で適切に表現することが難しい。精神科医でも子供のうつ病を診察した経験のある医師は少なく、児童精神科の専門医の受診が望ましいという。
治療法も成人とは異なり、宇佐美氏は「話すことが一番の治療だ」と語る。子供への抗うつ薬の処方は、自分を傷つける行為などの自殺につながる衝動が増すリスクがあり、慎重さが求められているためだ。
うつ病になるきっかけは様々だが、学校でのトラブルが多い。「学校でうまくいかないと、リストカットした傷口をわざと見えるようにして登校する生徒がいる」など学校関係者からの相談も珍しくないという。
宇佐美氏が2008年ごろに実施した千葉県市川市の中学生を対象にした調査では、約20%の児童に抑うつ気分があることが分かった。国際児童青年精神医学会のテキストには思春期の約5%、およそ20人に1人はうつ状態を経験したことがあるとしたデータが掲載されている。
平松記念病院(札幌市)の伝田健三副院長(児童精神医学)は「子供のうつ病は今まで見逃されてきたが、認識されるようになっている」と指摘する。「インターネットの普及など情報化が進み、対人関係を始めとしたストレスを大人と同程度受けるようになってしまっている」とみている。
SNSを通じて「今まで知らなかった自傷行為の方法などを知る機会が増えた」(宇佐美氏)とする指摘もあり、現代の子供たちにとってうつや自殺は決して無縁なものではない。
厚生労働省の18年の自殺白書によると、10~14歳の死因2位、15~19歳の死因1位は自殺だ。日本全体の自殺者数は減少傾向にあるにもかかわらず、17年の19歳以下の自殺者数は16年に比べて47人増えた。
「子供は悩みを周囲に隠したがり、助けを求められない。異変のサインに気を配って」と呼びかけるのはNPO法人「Light Ring.」の石井綾華代表理事。同法人では、悩む友人や家族を支えたいと願う人々を支援し、若者の自殺を減らそうと取り組む。数年前から中学生の親からの相談が増えているという。石井代表理事は「異変を感じたら干渉しすぎないように余裕を持って話を聞く姿勢を取ってほしい。1人で支えようとせず、周囲に頼ることも重要」とアドバイスしている。
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追いつかぬ専門医数
精神疾患を持つ子供が増加する一方で、児童青年精神科の専門病棟や専門医は少ない。専門病棟を有する医療機関は全国で約30カ所。所在地は大都市圏に集中しており、偏在も顕著になっている。
日本児童青年精神医学会認定の専門医は2018年6月時点でわずか348人。診察を受けるのに予約が1年待ちという事態も珍しくない。
児童精神科の専門病棟を有する国立国際医療研究センター国府台病院では月初に1カ月分の予約を受け付けているが「電話受け付けを開始してから30分ほどで予約枠が埋まってしまう」(宇佐美診療科長)。増える需要に対して専門医の数が追いついていない。
国府台病院では2000年から専門医育成のため医師向けの3年間の研修を行っている。18年までに50人の専門医を育成し、行政機関や総合病院など計47施設に輩出してきた。宇佐美診療科長は「こうした取り組みが全国に広がってほしい」と期待している。
(鬼頭めぐみ)
[日本経済新聞夕刊2018年8月15日付]
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