水の事故、溺れたら あおむけで「浮いて待つ」
海や川での水難事故。実際に溺れたらどうしたらいいのだろう。豪雨などで避難の最中に車が水没したら、どうやって脱出できるのか。専門家に対処法を聞き、体験してみた。
7月下旬、記者(35)は水難学会のメンバーで東京海洋大学准教授の田村祐司さんを訪ねた。同会は水難事故を防ぐため、各地の小学校で教室を行っている。
「水難事故の9割は着衣のまま発生します。着衣で泳ぐのは水泳選手でも難しく、もがいているうちに体力がなくなり沈んでしまう」。田村さんによると、自力で泳ぐのは諦め、あおむけになって水面に浮く「背浮き」で救助を待つのが、最も命が助かる可能性が高いという。
息を吸った状態での人間の体の比重は水1に対して0.98。つまり、水面に浮く面積は体全体の2%しかない。あおむけになって鼻と口を水面から出すには、(1)腰をそらして、ヘソの上にある浮力の中心「浮心」と体の重心を一致させる(2)あごを上げて鼻と口をなるべく高い位置にする(3)スニーカーなど靴はソール部分に浮力があるため脱がない――ことが大事という。
この日の記者は、綿65%、ポリエステル35%のTシャツの上に麻100%の長袖シャツをはおり、下はジーパン姿。プールに入ると水を吸った衣服は予想以上に重く、ちょっと動くのも大変だ。練習を続けると何とか背浮きを続けられるようにはなったが、ただ浮いて待つのは心細い。
しかし、大声で助けを求めるのはNGだ。肺の中の空気がなくなり、人間と水の比重が1.03まで上昇してしまう。「肺の空気がなくなると体が完全に沈んで溺れます。浮いて待つ。これが最も生還に近い道」(田村さん)
実際に背浮きで生還した例がある。2011年3月11日の東日本大震災。宮城県東松島市の小学校体育館は津波に襲われた。水位は2メートルを超え、避難していた小学6年の女児は背浮きの体勢を取った。同じ体育館では亡くなった避難者もいたが、女児は大声を出さずに背浮きを続け、助かったという。
では、溺れている人を見つけたらどうすればいいのか。田村さんによると、空のペットボトルや未開封の菓子袋があると浮力が増すという。クーラーボックスも有効だ。ペットボトルは1リットル以上が理想で、1つなら両手で胸の位置に、2つなら両脇に挟む。
プールで浮いているとき、実際にペットボトルを渡されると、体の安定感がグッと増した。2つ抱えると体全体が浮き上がる感覚があり、余裕を持って辺りを見渡すことができるように。ペットボトルは空の状態だと投げにくいが、少量の水を入れると遠くまで投げることができる。海水浴に行くときは必ずペットボトルを持参しようと誓い、プールを後にした。
西日本豪雨では、避難の最中に鉄砲水に襲われ、車ごと水没した被災者もいた。この場合はどうすればいいのか。関西大学環境都市工学部教授の石垣泰輔さんに聞いた。
石垣さんは車両を100台ほど調査した。路面から約30センチまで水位が上がると、マフラーから水が入り電気系統が故障する。ドアが開けられなくなるケースもあった。路面から60センチまで上昇すると、水圧のため成人男性の力でも開閉が難しい。こうなるとサイドガラスを割るしか脱出方法はないという。
ドアが開かないときはどうするか。その場合はヘッドレストを外し、金属棒の部分を窓ガラスとドアの隙間にさし込む。強く手前に引くとテコの原理で窓ガラスが粉々に割れるという。「国内に流通する大半の車で応用できるはず」と石垣さん。カー用品店では窓ガラスを割るための専用ハンマーも販売している。
石垣さんは「道路が冠水している時に車で避難するのは危険。自分は大丈夫と楽観的にならず、最悪を想定して素早く避難することが大事」と呼びかけていた。
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文科省、背浮き指導へ
警察庁によると、2017年の水難事故の死者・行方不明者数は679人。減少傾向にあるが、65歳以上が344人と最も多く、高校卒業(相当)以上65歳未満が273人と続いた。釣り・魚とりが219人と30%以上を占め、同庁はライフジャケット着用を呼びかけている。
文部科学省は20年度実施の学習指導要領で、小学校高学年からの水泳について「安全確保につながる運動では、背浮きなどで長く浮くこと」などと新たに規定。全国の小学校で背浮きを教える計画を立てている。
(宇都宮想)
[NIKKEIプラス1 2018年8月11日付]
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