不妊治療、ひとりで悩まないで 自治体が相談窓口整備
肉体的つらさ・仕事との両立・金銭負担…、悩みは多岐に
我が子を切望しているが、なかなか恵まれない――。結婚や出産の高齢化などに伴い、いまや子どもを授かった夫婦の5.5組に1組が不妊治療を経験している。各都道府県で相談窓口の整備が進むなど、不妊治療の心理的、肉体的な負担を軽減するための支援体制がようやく整い始めた。
7月上旬、埼玉県越谷市のスーパーや100円ショップが入る雑居ビルの一室に、男女十数人が集まった。「体力的にも金銭的にも限界がある。不妊治療を諦めて、里親になることを考え始めた」。男性が穏やかな表情で話し始めた。
NPO法人Fine(東京・江東)が主催する「おしゃべり会」での一コマだ。不妊治療を受けたことがある人たちが、自らの悩みや生き方について話し合う。
「5年も治療を続けてきて今年40歳になった。区切りをどうつければいいのか」「子どもを授かることしか考えられない状況がつらい」――。
日本産科婦人科学会の調査によると、2015年に体外受精をして出産に成功したケースは11.7%。治療の肉体的なつらさや心の不安、仕事との両立の難しさ、金銭的な負担、治療中止の決断……。Fine理事長の松本亜樹子さんは「職場での人間関係、治療のやめどきなど話題は多岐にわたる」と話す。人に言えない悩みを抱えて苦しむ人は多い。
越谷の会では埼玉県による里親制度の説明や里親の体験談もあった。参加者の一人は「不妊治療を続けるか迷っている。里親の話も聞けてよかった」と話す。
不妊治療について周囲に相談できない人は多い。17年度に厚生労働省が働く人を対象に調べたところ、不妊治療を受けている人の半数は職場に治療の件を伝えていない。その理由として5人に1人が「理解を得られないから」と回答した。
「年齢が上がるにつれて、妊娠の確率はがくんと下がります」。出産に向けた啓発に力を入れている大阪府は6月、医師を招き「35歳からの治療・妊娠・出産」をテーマにした公開講座を開いた。男性の参加も多い。
「年齢による限界は避けられず、妊娠できてもリスクが高い」。今回の講師で自らも不妊治療にあたるHORACグランフロント大阪クリニック(大阪市)の浅井淑子副部長はこう話す。不妊治療は身体的にも精神的にも負担が大きく、周囲のサポートが欠かせない。
府の不妊専門相談センターでは助産師が電話で相談にのっている。寄せられる悩みをもとに「2人目不妊のこと」、「治療中の妻のサポート」などテーマを作り患者同士の相談会も企画する。相談会で最も人が集まるのは「子どものいない人生を考える」だという。
つらい不妊治療を経験しているという共通項がある人同士だと理解を得やすく、悩みを打ち明けやすい。ここで心を開くことが訓練になり、職場や周囲に説明しやすくなるという。
東北大大学院の吉沢豊予子教授(ウィメンズヘルス看護学)は、不妊治療を受けていることを公にしやすい環境づくりが必要だという。特に職場では不妊治療をしていることが仕事の妨げととられかねないと口を閉ざす人が少なくない。ただ「治療には周囲のサポートが不可欠。社員が安心して働けるように企業は配慮しなくてはならない」と説明する。
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「両立できず仕事辞める」16% 支援制度ある企業少なく
不妊治療の負担は大きく、仕事との両立は大変だ。厚生労働省の調査によると、治療している人の16%が両立できずに仕事を辞めている。仕事を続けている人も、通院回数の多さや精神的な負担感などで87%が困難だと感じている。
「会社に悩んでいる人がいる、身近な問題だという認識を持っている企業は少ない」。大阪府の職員はこう話す。府ではセミナーを通じ、社員が不妊治療のために休暇が取得できるような制度作りを企業に促している。
先行して独自制度を設けた企業もある。富士ゼロックスは2012年から最長で1年間、不妊治療のために休職できるようにした。育児用品販売のダッドウェイ(横浜市)は、不妊治療や養子縁組にかかる費用を最大年12万円、最長5年間補助する。「不妊治療を公表することは大きな負担」(同社)だ。上司への報告なしに補助の申請ができるようにしたという。
ただ、こうした企業はまだ少ない。厚労省の調査によると、支援制度を整えている企業は3割、不妊治療に特化した仕組みがある企業は9%にとどまる。
(渡部加奈子)
[日本経済新聞夕刊2018年8月8日付]
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