現場志願しインドネシアへ 「何でも屋」として奔走
DIC社長 猪野薫氏(上)
時間がゆっくり流れるインドネシア流に染まった。写真はイメージ=PIXTA
大日本インキ化学工業(現DIC)の猪野薫社長(60)は入社後、財務部に配属された。
財務部でまず任されたのが、入出金の管理です。机の引き出しに入っているのはソロバンだけ。上司から「修業だから爪から血がでるまでやれ」と言われました。小学生レベルの腕前しかないので就業時間中に終わらず、残業の毎日です。「ソロバン塾に入ったんじゃない」と、当時はいつ会社を辞めようかとばかり考えていました。
12年在籍した財務部では資金調達担当として、大型買収にも携わった。
いの・かおる 81年(昭56年)早大政経卒、大日本インキ化学工業(現DIC)入社。16年取締役常務執行役員。18年1月から現職。千葉県出身。
1980年代後半に米大手インキメーカーのサンケミカルなどを総額1500億円で買収しました。資金調達のために外貨建て資産を売却しようと内外の金融機関と交渉しました。不慣れな英語でのやりとりだったので言い間違えないかヒヤヒヤしました。
買収案件など早くから社内の重要情報に触れる機会に恵まれ、百億円単位の資金を扱う業務はとても勉強になりました。しかし、自社がどんな原料を買い、どんな製品を作り、どこに売っているのかといった基本的な業務内容を知らない現状になじめませんでした。毎年の自己申告書には「現場に出してほしい」と希望を出し続けていました。
念願かなって34歳のころ、塗料用樹脂を製造するインドネシア合弁会社に異動した。
現地での役職は取締役管理部長ですが、業務内容は決算や財務、総務に加えて日本から訪れる社員の宿泊先の手配などの雑用もこなす「何でも屋」です。ゆっくり時間が流れるので人間らしい生活を送れましたが、イスラム国家なのでお祈りが全てに優先する習慣には戸惑いました。