彫刻家・名和晃平 金色の新作、ルーヴルで特別展示
フランスのルーヴル美術館で、彫刻家・名和晃平の巨大な金色の新作彫刻が特別展示されている。「空位の玉座」をイメージし、王宮だった場所で次なる権力・権威の姿を喚起させる。
新作彫刻「Throne(スローン)」は、メカニカルな形と細胞が増殖したような凹凸の造形で、高さ10.4メートル、幅4.8メートル、奥行き3.3メートル、重さ約3トンに上る大作だ。2019年1月14日まで、パリ・ルーヴル美術館の中庭にあるメイン・エントランス「ピラミッド」(全面ガラス張り)の1階に展示される。
AI社会と人間
来館者はエントランスに入ると、中央に小さな座席のある作品正面と正対する。地下ロビーに降りると、大きな羽根状のものが付いた背面を仰ぐ。正面の上部と背面はそれぞれプラチナ箔の球体を配し、正面は「現代や未来」、背面は「過去」を見据える目の意味合いを持たせたという。
名和は展示が始まり、作品が会場にうまくマッチしたと感じている。「ピラミッドは360度全方向から自然光が差し込み、夜はライトアップされる。光の加減による見え方の違いも楽しんでもらえる」と話す。
創作の出発点には、AI(人工知能)社会到来の予感と、変わらぬ人間の性(さが)があった。人々は多かれ少なかれ、「近い将来、AIが政治や経済を動かす強大な存在になるのではないか」との思いを抱く。加えて、名和は「人間の性として、絶対的な存在を求め続けるだろう」と考える。
2つの予感を権威・権力を象徴する玉座の作品に結実させた。「AIは黎明(れいめい)期でまだまだ子供みたいな存在」と考え、座席そのものは小ぶりにした。ただし、玉座の主(あるじ)は形で表さず、透明な存在で、その姿は鑑賞者に委ねたのだろう。
「Throne」は11年、東京の美術館で開かれた名和の個展で初めて発表した。当初は物を垂直に積み重ねたような作品だった。その後、日本各地の祭事に用いられる山車に興味を持ち、「どのような変遷を経て現在の造形になったのか」を調べた。その結果、Throneも変容を遂げ、今作品の原型といえるものにたどり着いた。
その直後、日仏友好160周年記念事業「ジャポニスム2018」の一つとして、ルーヴルのピラミッドに特別展示する作品案の打診を国際交流基金から受けた。名和はThroneを提案。展示作に決まると、ピラミッドの空間にインスピレーションを得ながらコンセプトを固めていった。
金箔にこだわり
作品は繊維強化プラスチック(FRP)とステンレス製で、金箔を貼って覆っている。「ルーヴルは金箔の宝飾品を収蔵し、金箔の研究にも力を入れている。金箔の技術は古代エジプトが起源との説があり、その点からも『ピラミッド』に打ってつけ」だからだ。美術館側からも「金箔にこだわってほしい」との要望を受けたという。
巨大なだけに30ほどのパーツに分けた。京都や名古屋、岐阜などのロボットアームを持つ事業所に依頼し、各パーツを同時並行で制作。名和が活動拠点を置く京都に取り寄せて仮組みした後、約3カ月かけて専門職の手で各パーツに金箔を貼ってもらった。フランスへは分解して空輸。クレーンなどを用いた作品の組み立ては現地の作業者に委ねたが、日本での仮組みの模様を撮った画像を送り、参考にしてもらった。
ルーヴルは毎年800万人以上訪れるとされ、ピラミッドはほぼ全ての来館者が通る場所だ。名和はルーヴルについて「建物と収蔵品を通して、文明の発達や人間とは何かを考える場所」と語る。今作はそうした思いを権力や権威という点に集中させて表したものといえるだろう。
(編集委員 小橋弘之)
[日本経済新聞夕刊2018年8月6日付]
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