摂食障害、生命の危険も 支援体制充実が課題
拒食症や過食症などの摂食障害の患者の支援拠点となる「治療支援センター」が設立されてから3年。患者や家族の相談を受けながら地域の医師らに治療法も指導し、患者を受け入れる医療機関を増やす役割を果たしてきた。ただセンターは全国で4カ所にとどまり、適切な治療を提供する体制構築は限界もある。専門家は専門医の育成や国の支援を課題に挙げ、センターの増設を求めている。
相談は月40件
「食べることをやめられない」「娘がひどく痩せているがどうすればいいか」
国立国際医療研究センター国府台病院(千葉県市川市)にある千葉県摂食障害治療支援センターには、拒食や過食の症状に関する相談が相次ぐ。2017年10月の開設以来、月40件ほど寄せられる声の窓口となるのは専門知識を持つ看護師や保健師、心理士らだ。
相談者の半分は患者の家族や配偶者。「本人に摂食障害の自覚がなく、どうすればよいか分からない」といった悩みが多く、看護師らは「病院も選択肢の一つと伝えて」などと助言する。約3割は患者本人からの相談で、学校や行政からの問い合わせもあるという。
同センターは当事者の意見を尊重しようと、運営会議に患者や家族が定期的に参加している。その一人で20代の女性患者は「良い病院と巡り合えず悩んでいる人にとって心強い」と支援拠点の整備を評価する。
女性は治療を決めてから2年間で数カ所の病院を転々とした。インターネットや人づてで受診して入退院を繰り返し、国府台病院にたどり着いた。「摂食障害への理解や治療経験がある医師を探すのは困難だった。信頼できる医師に出会えれば、治したいと前向きになれる」と振り返る。
治療支援センターは重度の摂食障害の患者を受け入れられる病院に設置。地域で治療できる医療機関を増やす活動も展開しており、患者らの相談に乗り、医療機関につなぐ役割も担う。千葉県のセンターでは市民向けの講座も開いて知識の啓発に努めている。
同センター長で心療内科医の河合啓介さんは「命に関わる深刻な病気。早期に治療を受ける患者を増やしたい」と話す。県内の大学や病院の小児科、精神科の医師らとともに研究会を結成、定期的に最新の治療手法を情報交換している。
医師に講習会
九州大病院(福岡市)に設けられた支援センターでは、院内の専門医が県内の総合病院や精神科病院に赴き、医師や看護師ら向けに講習会を開催する。症例や治療法を説明し、摂食障害を診断できる県内の病院は20施設以上に増えた。
心療内科医の高倉修さん(47)は「センターだけでは対応できない。状態に適した医療機関を紹介できる体制が必要」と強調する。
全国的にも支援センターは4カ所のみだ。一方、摂食障害の推計患者は厚生労働省研究班の調査では2万6千人。「他の都道府県の患者や家族から相談を受けても、通院の負担や症状に応じて個別に対応するのが難しい」(高倉さん)のが現状という。
治療支援センターを設置する病院は都道府県が指定する。日本摂食障害協会(東京・千代田)の生野照子理事長は「専門医がそろった病院は全国でも少なく、手を挙げづらい。都道府県が運営費を負担することも障壁となっており、国が支援を手厚くすべきだ」と強調する。
患者や家族らの自助グループ支援も課題だ。「治療にじっくり取り組む必要がある病気だからこそ、医師や同じ悩みを持つ患者らにつらさを打ち明けられる環境が大切。センターや自助グループ、医療機関が関わり合い、一人ひとりの患者が治療に長く向き合える場が必要」としている。
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専門家「治療体制、欧米より遅れ」
摂食障害治療支援センターは専門医や患者、家族らによる要望を受け、厚生労働省の主導で開設された。適切な診断や治療を受けられずに転院を繰り返すなどして症状が悪化する患者が目立っていたからだ。
2015年に宮城、静岡、福岡、17年に千葉で開設され、計4カ所になったが白梅学園大の西園マーハ文教授(精神医学)は「治療体制は欧米と比べて質量ともに遅れている」と指摘する。
米国では専門的な治療を受けられる病院自体の数が多く、英国ではかかりつけ医が早期に診療したり専門医を紹介したりできる体制が整っているという。
治療が長期化するケースも珍しくない。西園教授は「薬物治療が中心で、問診を数分で済ませる例もある。患者と対話する訓練や、長時間の診療に対する医療費の増額など医師側の治療環境を整える必要がある」と話している。
(小安司馬、松浦奈美)
精神的、身体的要因のほかに社会的環境も引き金となって発症に至るとみられる。患者の9割以上は女性で、10~20代の発症率が高い。自覚がない潜在的な患者もいる。栄養不足や低カリウム血症などの合併症、自殺によって患者の約1割が死亡するとされる。
[日本経済新聞朝刊2018年8月6日付]
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