映画『スティルライフオブメモリーズ』 詩的な美しさ
何度見ても謎がのこる、というより全体が謎のような映画だが、静かで詩的な美しさにひきつけられる。
矢崎仁司監督の資質がぞんぶんに発揮された。『風たちの午後』(1980年)でデビューし、『三月のライオン』(92年)、『花を摘む少女と虫を殺す少女』(2000年)とほぼ10年に1本の寡作さで自主映画界の伝説的映画作家だったが、『ストロベリーショートケイクス』(06年)以降はコンスタントに監督業をこなすようになっていた。
映画は、写真からはじまる。植物の花や実、時間がうがった奇妙な形の鉱物。スティル・ライフ(静物)だ。それらは写真家、鈴木春馬(安藤政信)の個展のもの。写真につよく魅せられた様子の怜(永(はる)夏子)は春馬にしごとを依頼する。
山中のアトリエで、自分の性器を撮影させるのだ。アトリエは病院で死を待つ画家だった母(伊藤清美)のもの。中判のモノクロ・フィルムでの撮影。カシャーンというシャッター音がからだの芯までひびくような、あたりの静かさだ。
「あなたの写真は、時間が止まっているようだ」「静かさのなかに、かすかな音が聞こえるようだった」
怜は依頼の理由としてそんなことばをこぼす。
何度か撮影をかさねるうち、春馬は写真家として、この被写体に自分のしごとを見出す。恋人の夏生(なつき)(松田リマ)も同行し、怜と会うが、劇的なことは何もおこらない。
春馬と怜には、時間を止めるような撮影をくりかえす時が流れ、春馬と夏生には女の子が生まれ、目に見えて時がすぎていく。
映画は、写真で終わる。スティル・ライフとしての女性器。ボカシ処理はされているが、意図はつたわるだろう。写真はすべて一人の写真家、中村早(さき)の作品で、まさに映画とのコラボレーションだ。全体のキャメラ、石井勲のしごとも出色。1時間47分。
★★★★★
(映画評論家 宇田川 幸洋)
[日本経済新聞夕刊2018年7月27日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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