学びになる欧米漫画　移民や差別をリアルに伝える

欧米の漫画が身近なものになってきた。以前からあった芸術的な作品に加え、青少年の学びに役立つ漫画も数多く邦訳されている。今秋にはフランスの漫画が日本でアニメ化される。

一般に、米国の漫画は「グラフィック・ノベル」、フランスの漫画は「バンド・デシネ」と呼ばれる。日本のコミックスとは判型が異なり、ページ数や文字数の多い本が少なくない。以前から邦訳されてきたが、価格が高く、読者もファンや研究者に偏る傾向があった。しかし最近、風向きが変わっている。

岩波書店が今春、刊行した「MARCH」（ジョン・ルイスほか作、ネイト・パウエル画、押野素子訳）は、米国下院のジョン・ルイス議員が公民権運動に関わった経験を原作にした漫画だ。米国で2013年に出版が始まると「子供たちの多くが私のグラフィック・ノベルをきっかけに本を読み始めるようになった」とルイス議員は語る。

子供の歴史教育にも役立つ本なのだ。アフリカ系米国人による人種差別撤廃運動で何があったのかは、実感として分かりにくいが、本書は絵で生々しく伝える。岩波書店の担当編集者、須藤建氏は「個人だけでなく、学校図書館や公共図書館にも興味を持ってもらいたい」と話す。

2月に河出書房新社から出た「スピン」（ティリー・ウォルデン著、有澤真庭訳）も図書館からの求めが多いという。米国でフィギュアスケートに取り組む少女の青春物語だが、同性への恋心も描かれる。「自分の内面を掘り下げる姿勢に切実さがある。LGBTQ（性的少数者）について考える際にも良い一冊と受け止めてもらえている」と河出書房新社の松尾亜紀子氏はいう。

一方、6月に彩流社から出た「異邦人」（ジャック・フェランデズ作・絵、青柳悦子訳）はアルベール・カミュの小説の漫画化だ。「この小説を読んだ人でも、舞台である北アフリカのアルジェの風景を思い浮かべられる人は少ない。漫画にするとそれが分かる」と彩流社の若田純子氏。アルジェはアフリカといっても、砂漠というより地中海や欧州風の街並みが印象的な地だ。

海外の漫画に詳しい翻訳家の原正人氏は「確かに、教育的な作品が近年増えている」という。青少年も手に取りやすく、何かしらの学びにもなる作品にまで邦訳の裾野が広がっているのだ。

社会問題を広く伝えようという機運があるのかもしれない。「スピン」の松尾氏は「トランプ政権発足後、米国では漫画に限らずマイノリティーが抵抗の声を上げる本が増えている」と見る。「MARCH」は第3巻が全米図書賞を受賞したが、その決定時期は、トランプ大統領誕生が確実になったころと重なる。

こうした風潮を除いても、原氏によれば海外の漫画では、日本の漫画で取り上げられることの少ない国際情勢や移民、差別などの問題もテーマになるという。

原氏が翻訳した「ラディアン」（トニー・ヴァレント著、飛鳥新社）は、日本でアニメ化が決まった。10月からNHKのEテレで放送が始まる。著者はフランス出身だが、日本の少年漫画を愛読しており、「ラディアン」を「バンド・デシネ」ではなく「マンガ」と呼んでいる。

魔法使いを目指す少年の冒険物語で、絵柄も日本の漫画に似ている。NHKの米村裕子エグゼクティブ・プロデューサーは「勇気や友情があり、ワクワクドキドキのファンタジーでありながら、差別の問題も少し含まれている。そこがEテレで放送する作品としていいと思った」と話す。

日本で出版された海外の漫画から優れた作品を表彰する賞に「ガイマン賞」があるが、この対象作は12年の65点から、昨年は197点にまで増えた。邦訳は着実に増えている。「日本の漫画とはテーマも表現方法も異なる海外の作品は、日本の読者や作家に刺激を与える可能性がある」と原氏は期待する。

（編集委員　瀬崎久見子）

［日本経済新聞夕刊2018年7月23日付］