脂のった塩漬けニシン オランダの夏は「ハーリング」
6月中旬。オランダ・アムステルダムの郊外にある屋台「デ・ゼイファング」には、次々と近所の人が立ち寄っていた。目当ては出回り始めたニシンの塩漬け「ハーリング」だ。屋台は赤、白、青の国旗の色で飾り立てられる。オランダに夏を告げる、新ニシンの季節がやってきた。
祖父の代から屋台を営むルシェさん(61)が、その場でさばいて出してくれる。1匹を一口大に切ったニシンが4切れ。刻んだタマネギとピクルスを添えて出てきた。
フォークは使わない。国旗付きのようじでニシンを刺して、タマネギを絡めるのがアムステルダム流だ。しっかりと脂が乗り、微妙な甘みを感じる。生に近いが、軽く発酵しているため塩辛くはない。
その場で立ったまま、さっと食べる。1皿3ユーロ(約380円)。近所に住むダニーさん(41)は「仕事帰りに毎日のように来る」という。夕食は帰宅して食べるので、ちょっとしたおやつ感覚だ。
人気の秘訣をルシェさんに聞くと、「さばいてその場で出す新鮮さ。それからウチは小骨まできれいに抜く秘伝があるのさ」と教えてくれた。
欧州ではニシンは酢漬けや薫製、缶詰内で発酵させて食べる。だが軽い塩漬けで楽しむのはオランダ人好みの食べ方だ。特にこの季節に捕った若いニシンを指す「新ハーリング」は珍重される。
ハーリングの食べ方は地域や店によって微妙に異なる。ハーグ周辺ではニシンを切らずに、1匹まるごと食べるのが普通。尾を指でつまんで、顔まで持ち上げて、上を向いて食べる。タマネギは添えるが、ピクルスはなし。食べるのに少しコツがいる。
アムステルダムのレストラン「トマツ」では、トマトなどを添え、サラダ仕立てにしてハーリングを出す。パンに挟んで食べるサンドイッチも屋台でよく見かける。パンが脂をほどよく吸って、日本人にはなじみやすい。
ハーグ郊外の港スヘベニンゲンでは6月14日、ニシン祭り「旗の日」が開かれ、多くの人が新ハーリングを楽しんだ。2000年まではここで捕れたニシンが王室に献上されていた。
ロッテルダムの鮮魚店、ルド・デンハーンでは「自宅で開くパーティー用に何十匹も買う人も多い」と教えてくれた。午後9時すぎまで明るいこの季節、大皿にハーリングを盛り、オランダの地酒「ジェネバー」とともに、仲間と盛り上がる。王室から庶民まで、オランダの「ソウルフード」として定着している。
オランダは17世紀に海洋国家として黄金時代を築いた。その背後にはニシン漁で蓄えた富があったという。中世ヨーロッパでは北ドイツのハンザ同盟が、ニシン貿易の中核だった。しかしその後、ニシンの群れはバルト海からオランダ沖の北海に移動。オランダでの漁が栄えた。
今もニシンの群れは動く。温暖化の影響なのか、かつてより北海の北方で捕れるという。オランダに直接水揚げされる量は減り、ノルウェーやデンマークに水揚げされて加工するケースが増えている。
(欧州総局長 高島泰之)
[日本経済新聞夕刊2018年7月19日付]
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