10代描く純文学作家 若い読者育て柔軟な感覚保つ
10代の子供たちを描いた純文学作家の小説が相次ぎ刊行されている。若い読者を獲得するには、より親しみやすさが求められるだけに、構成、文体、挿絵など様々な工夫を凝らしている。
「もともと児童文学は好きなジャンル。昨年7月から9月まで小学生新聞に小説を連載しませんか、との依頼を受けたとき、その時期だったら夏休みの話にしようと思った」
絵にもこだわる
連載をまとめた単行本「ゆっくりおやすみ、樹の下で」(朝日新聞出版)を6月末に刊行した作家の高橋源一郎は振り返る。「さよならクリストファー・ロビン」(谷崎潤一郎賞)など前衛的な小説で知られる高橋が児童文学を書くのは今作が初めてだ。
主人公は小学校5年生のミレイちゃん。夏休みにおかあさんの生まれ育った鎌倉の「さるすべりの館」に行き、バーバ(祖母)と犬のリング、ぬいぐるみのビーちゃんと過ごす。館には秘密があり、止まっていた時計が動き出したとき、過去への扉が開く。
「夏休みにふるさとへ帰る人は多いですが、それは過去に向かって自分を知るための旅をするようなものではないか」と述べ、少女のひと夏の冒険にはアイデンティティーの確認という意味合いも持たせた。
文中には宮沢賢治「銀河鉄道の夜」などの名作から「いいなと思った」言葉を引用した。「1 こんにちは」など90章全てにタイトルを付けたのは「一つ一つを短編小説のように読んでもらってもいい」と考えたから。「いちご戦争」などで知られる漫画家の今日マチ子が表紙絵だけでなく、各章の扉絵も担当した。
「彗星(すいせい)の住人」など「無限カノン3部作」で知られる作家で、純文学対象の芥川賞選考委員を務める島田雅彦は、四半世紀ぶりの青春小説「絶望キャラメル」(河出書房新社)を6月末に出版した。財政破綻寸前の地方都市を舞台に、型破りの僧侶が立ち上げた「原石発掘プロジェクト」のもと、4人の高校生が町の活性化を目指す物語だ。
「B級グルメやゆるキャラではない、地方都市再生に向けた私なりの試案を打ち出した。人材育成で成果が早く出るのはスポーツと芸能。将来のビジネスを考えたらサイエンスで才能のある若者が求められる。それにコーディネーター役を加えた4人を設定しました」と島田は話す。
「純文学と縁がないと思っている人にも届けたい」と考え、登場人物を紹介する8ページのマンガ「ウオームアップコミック」を併録。「海月姫」などで知られる漫画家の東村アキコが表紙絵とともに描き下ろした。
2007年に「ひとり日和」で芥川賞を受賞した作家の青山七恵も昨年5月、11歳の双子を主人公とする長編「ハッチとマーロウ」(小学館)を出した。11歳の誕生日、母親から突然「ママは大人を卒業します」と言われ、炊事や洗濯、掃除を自分たちでしなくてはいけなくなったハッチ、マーロウという双子の冒険の日々を描いている。
子供の自分投影
「子供の頃(英国の児童文学作家であるE・ブライトンの)『おちゃめなふたご』シリーズが大好きでした。それがきっかけでお話を書く人になりたいと思った。『ハッチとマーロウ』はその頃の自分に対する『おちゃめなふたご』からの呼びかけへの返答のような気がします」と青山。
少女たちを描くに当たっては「大人がこうであってほしいという子供でなく、今より想像力に馬力があった子供の頃の自分の気持ちになって考えた」という。挿絵は「おちゃめなふたご」シリーズも手掛けたイラストレーターの田村セツコが担当している。
純文学作家が青春小説や児童文学を手掛ける背景には「小説の読者を早くから育てたいという狙いとともに、若い読み手を相手に柔軟な感覚を保っていたいとの思いがある」と島田は話す。作家にとっても創作の刺激になっている。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2018年7月10日付]
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