出産ママ、頼りは実家より産後院 心のケアで効果
晩婚化進み、親が高齢で里帰り減少
出産から日が浅い母親と新生児のための産後ケア施設「産後院」の利用が、徐々に広がっている。里帰り出産といった産婦の負担を減らす慣習が薄れ、出産直後から自力で育児を始める母親が増えたことが背景にある。子育て支援として宿泊や日帰り利用に補助金を出す自治体も増えたが、自己負担での利用も珍しくない。
栃木県さくら市の「さくら産後院」。木造ペンション風の建物は、中央にガラス壁で仕切られた中庭を持つ回廊構造だ。エントランスホールからガラス越しに、母親と新生児が宿泊したり、日帰り利用したりする居室が見える。左手の和室では、新生児を寝かせた母親が、助産師から乳腺ケアの説明を受けていた。
産後院は産後約8週間の産褥(さんじょく)期の母親が無理なく育児になじめるよう、病院と日常生活を橋渡しする施設だ。さくら産後院は、周産期医療の拠点であるさくら産院(泉章夫院長)の並立助産所として2014年に開設。「病院風の建物ではお産の延長という印象を与えるので、ペンション風にした」と、産院・産後院を束ねる大草尚理事長は説明する。
こざっぱりした外見とは裏腹に、産後院へのニーズの背景は深刻だ。大草理事長が挙げるのは、産褥期をゆっくり過ごす環境が失われていること。「わが国には出産後の床上げまで『産婦は水も触るな』と肥立ちを大切にする風習があったが、核家族化と晩婚化が進んだ今、産婦の実家にそんな余裕はなくなった」
韓国や台湾で、産後ケア施設の利用は常識。日本では政府が15年にまとめた少子化社会対策大綱や、16年のニッポン一億総活躍プランで産後ケアが取り上げられたことで、産後院が出来始めた段階だ。
東京都江東区にある産前産後ケア施設「東峯サライ」。同施設の宿泊ケアは産後2カ月まで、日帰りは同4カ月までが対象で、メニューには授乳・育児指導のほか、親のストレッチ体操指導や乳腺炎予防ケアなどが含まれる。出産直後で助産師の大久保史絵さん(38)と、保険代理店勤務の小川智美さん(40)が6月下旬、新生児と共に泊まっていた。
大久保さんは数日前に緊急帝王切開で出産したばかり。「親が高齢なので里帰り出産は考えなかったが、想定外の手術を受けたので、回復まで3泊することにした」と話す。小川さんは自己負担で6泊の利用を予定する。「施設はインターネットで探した。私自身年齢が上で、親も70歳近いので、お金で人の力を借りても良いのではと考えた」
東峯サライの中嶋彩副所長は「出産年齢が上がった今、産婦の親が80~90代の産婦の祖父母の介護で大変というケースが目立つ」と話す。
さくら産後院でも東峯サライでも、提供するケアの中身は似通っている。出産時の医療と異なり「産婦に育児のペースを教えるほか、精神面の相談から夜泣き相談まで要望に沿って対応する」(さくら産後院の鳥内美智代助産師)。育児方法を巡って親と対立した産婦から相談を受ける機会も多いという。
スタッフがさりげなく重視するのは産婦の精神面だ。鳥内助産師らが、標準的な検査法のエジンバラ産後うつ病質問票で産後1カ月までの産婦300人を調べたところ、うつ病に進みかねないハイリスク群が63人(21%)いた。乳児虐待を招かないためにも産後院の相談は有効と関係者は考える。
課題は、地元自治体の補助の有無で利用料が大きく異なること。さくら産後院の場合、日帰り正規料金は1万円、宿泊は3万円。さくら市の補助を利用すれば個人負担は日帰りで2000円、宿泊で6000円に圧縮できる。施設や制度を早めに調べておくとよさそうだ。
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採算は厳しく自治体頼み
産後院など産後ケア施設は、厚生労働省が2017年に自治体向けに出した「産後ケア事業ガイドライン」や自治体の要綱に沿って設けられる。助産所を兼ねたり医院の一部を転用したりする場合を除き、設置の法的根拠はない。厚労省によると、全国の施設数の統計はないが、自治体の公表情報によると、大阪市に17カ所、千葉市に9カ所、福岡市には7カ所ある。
医療行為はしないため、多くの施設は医療機関と密接な関係を保ち、産婦が医療を必要とした場合に備えている。経営面では全国392の市区町村(17年度実績)が実施した「産後ケア事業」に頼る面が大きい。複数の経営者は「単独で採算を取るのは難しい」と話していた。
(礒哲司)
[日本経済新聞夕刊2018年7月4日付]
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