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私の課長時代

山一証券子会社をM&A、辞令はまさかの社長 関西エアポート社長 山谷佳之氏(下)

2018/7/3 日本経済新聞 朝刊

優勝セールの準備では関西と東京を毎日往復した(手前)

■1994年社長室で企画部門を担当した。

同じ会社なのにまるで別世界でした。みんな席に座って黙々とリポートを書いて室長に報告します。営業の現場では外回りをして、会社に戻って世間話をして、また外に出て行くというのが仕事のリズムでした。机にずっと座って仕事するのが苦痛でしたね。

■95年、阪神大震災が発生。神戸が本拠地のプロ野球オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)がリーグ優勝する。

「がんばろうKOBE」をキャッチフレーズに快進撃を続けました。7月22日、ついに優勝マジックが点灯。宮内義彦社長(当時)から優勝企画チームを作るよう言われました。「これはしめた」と思いましたね。こういう仕事は机ではできません。夏休みを返上して取り組みました。

優勝したらセールをしてくださいと小売り各社にお願いして回り、ジャスコ(現イオン)が全面協力してくれることになりました。9月13日にマジックが1になり、15~17日の3連休に地元神戸で優勝する想定で準備を進めていたのですが、連敗でもくろみが外れてしまいました。毎日担当者から電話がかかってきて、気が気でなかったですね。

19日に西武球場で優勝が決まりました。優勝セールが始まると、お客さんが殺到しました。苦労が報われる思いがしましたね。

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