映画『告白小説、その結末』 隙のない心理サスペンス
ロマン・ポランスキー監督も今年で85歳になるが、創作意欲は全く衰えない。前作『毛皮のヴィーナス』はユーモアをたっぷり盛りこんだ皮肉な喜劇だったが、本作は一転して、一分の隙もない心理サスペンスである。ポランスキーの演出は冴(さ)えわたっている。
作家のデルフィーヌ(エマニュエル・セニエ)は、自殺した母親との生活を描いた私小説で人気を得た。そのサイン会場に美しい女性ファン(エヴァ・グリーン)が現れ、なぜかエル(「彼女」の意)と名乗る。
デルフィーヌは肉親の不幸を小説にしたことを非難され、スランプに陥っていた。そんな彼女に、エルは的確な助言を与え、勇気づける。そして、有能な秘書のように世話をやき、同居するようになる。
だが、徐々にエルはデルフィーヌの個人的な領域にも踏みこみ、大切な友人たちを拒絶するようなメールを勝手に送りつける。デルフィーヌが怒ると、エルは家を出ていってしまう。
その後、デルフィーヌは階段から転落して、脚を折ってしまう。自分ひとりでは生活もままならなくなった彼女のもとに、再びエルが姿を現し、車で別荘に連れていってやると誘う。そこで静かに執筆に専念すべきだというのだ……。
ポランスキーの愛妻セニエが、女優の優雅な仮面を捨てて、追いつめられた中年女性を迫真的に演じている。その作家業の疲れにつけこみ、私生活に滑りこんで彼女を支配しようとするエヴァ・グリーンがさらに素晴らしい。類まれな美貌が研ぎ澄まされ、鬼女のような険が立ち、女2人のサドマゾ的な心理劇に戦慄的な緊張感を注ぎこむ。
ポランスキーはかつての名作『反撥(はんぱつ)』や『ローズマリーの赤ちゃん』を髣髴(ほうふつ)させるホラー感覚の薬味を随所に効かせ、見応え十分の充実したエンタテインメントに仕立てあげた。1時間40分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2018年6月22日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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