農作業リハビリ広がる 患者の集中力・身体能力に変化
病院でのリハビリ治療に農作業を取り入れる動きが広がっている。仲間と役割分担して作物を世話し、収穫する一連の作業が患者の身体能力を高め、心に安らぎをもたらす。地域の農家や企業と連携して大規模に行い、医療効果を測る研究も進みつつある。
「さあ、作業を始めましょう」。6月上旬、蒸し暑いビニールハウスで、佐野厚生総合病院(栃木県佐野市)の精神科デイケア担当の看護師が声を掛けた。長靴に作業着姿の患者らがゆっくりと立ち上がり、腰をかがめてトマトを収穫したり、くわを使って雑草を取ったり。畝に等間隔で枝豆の苗を植え、じょうろで水を掛けて完成させたグループや、「害虫駆除」として網を持ちチョウを追いかける男性もいた。
統合失調症や適応障害の患者らの外来治療に農作業プログラムを取り入れる同病院では、毎日約20人が畑を訪れる。2011年に近所の田畑約7500平方メートルを購入し、地元農協の指導を受けて米や野菜、果物など年に数十種類の農作物を栽培する。毎日のように通う男性(31)は「楽しいしやりがいがある」と笑顔で話し、自宅でも家庭菜園を始めたという。
「治療効果が大きく、患者の意欲を自然と引き出せる」と評価するのは担当の看護師、竹沢将也さん(45)。一般的なリハビリである手芸や運動とは違い、農作業には患者のレベルに応じた多様な仕事があり、能力に応じて役割を持てる。集団行動や五感の刺激でリラックスしたり集中力が高まったりして、注意欠如や多動性などの症状が改善するという。農作業を身につけて就労した患者もいる。
田無病院(東京都西東京市)リハビリテーション科では、身体機能を高めるための作業療法として農作業を活用する。15年から病院からほど近い東京大学付属農場の一角を借り、大学職員の指導を受けて春から秋にかけてネギやナスなど「江戸東京野菜」と呼ばれる地元の特別種を育てる。
対象は脳血管の病気による後遺障害や整形外科の入院患者。70~90代が多く、認知症の高齢者もいる。発症から2~3カ月後の回復期に当たる患者らで、入院生活や院内でのリハビリが長引いて精神的にふさぎがちになる頃合いに、社会復帰を目指す動機づけにもつながっている。
東京大と行った共同研究では臨床結果も出ている。17年5~11月に週1時間の農作業を2~10回行った患者24人を調べたところ、片脚立位や日常生活の動作検査など身体能力を測る項目で効果が出た。認知症患者にも「他者との会話が増えた」「定期的な農作業で曜日を理解するようになった」などの変化があった。
担当する作業療法士の河原崎崇雄さん(34)は「こちらが驚くほど、患者の能力が引き出せる」と話す。半身にまひのある患者が、実ったナスを見つけて無意識にためらわず中腰になり、安定した姿勢でもぎ取ったこともあった。一方で、体の可動域の限界や体力の低下を自覚するうち、自身を鼓舞してリハビリに積極的になる人もいる。今後は睡眠や食欲への効果も数値で立証したいという。
京都大原記念病院(京都市左京区)では「グリーン・ファーム・リハビリテーション」として15年から院内に整備した約2千平方メートルの農地で、脳梗塞の後遺症の回復期リハビリを行う。タキイ種苗(京都市下京区)が農業技術を伝える。京都府立医科大と行った18年2月発表の調査では、参加した患者に前頭葉機能の向上がみられた。日常生活の運動機能や自発性の上昇も数値で裏付けられた。病気の自覚がなくリハビリの必要性が理解できない認知症の高齢者が楽しく取り組む姿がみられた。
神経内科医の木村彩香さん(37)は「効果を上げるかどうかは本人の意欲によるところが大きい。収穫の喜びがやる気につながっている」と話す。手足の動きが良くなるなど身体機能の効果を測るデータを蓄積し、リハビリ手法として確立するよう研究と臨床を続けたいという。
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福祉施設でも広がり
福祉施設でも農作業を行う取り組みは広がっている。農業は従事者の高齢化が進み慢性的に労働力が不足しており、人手を歓迎する。農作業は高齢者や障害者も自分のペースで続けやすく、やりがいや収入にもつながる。
農林水産省が2012年に全国の60代の農作業実践者500人を対象にした調査では「農作業は健康に効果があると思うか」との問いに44.2%が「ある」、46.8%が「ややある」と答えた。「農作業は他の運動(ウオーキングなど)と比較して続けやすいと思うか」には、36%が「そう思う」、50.2%が「ややそう思う」とした。
国は「福祉分野に農作業を」と題したパンフレットを作成。高齢者の介護や健康づくり、障害者の就労訓練や雇用を目的とした農園を整備する際の補助金など支援制度を紹介している。
(松浦奈美)
[日本経済新聞夕刊2018年6月20日付]
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