診断名ごとに1日当たりの医療費を定額にする包括払い方式(DPC制度)が導入されてから15年が経過した。費やした医療費すべてを支払う出来高払い方式と異なり、無駄な医療費を削減するため入院日数の短縮やばらつきのあった医療行為の標準化が進んだが、全体の医療費の抑制には結びついていない。効率的な医療の実現に向けた取り組みは道半ばだ。
「3週間ほどだった平均在院日数が半分程度まで短くなった」
東京医科大学病院(東京・新宿)は2003年度から包括払い制度を導入。診療報酬関係の事務を担当する篠崎功・医事課長は「2016年度には12.8日まで短縮化した」と説明する。包括払い方式では、入院期間が短い方が医療費(診療報酬)が高い。できるだけ短期間で患者が退院できるように見直した結果だ。
病院のコスト減
包括払い方式は病院のコスト削減への取り組みにもつながる。支払われる医療費が一定のため、コストを抑えれば病院の利益が増える。東京医大病院でも「入院中の過剰な検査や投薬を減らす」(篠崎医事課長)ことができたという。
同じ病気やけがの患者の診療内容を比較すると、医師ごとの治療のばらつきも把握できる。こうした分析などを基に、同病院は入院から検査、手術、退院時期までの標準的な流れを分かりやすく示した診療スケジュール(クリニカルパス)を作成。多くの診療科で活用が進んでおり、医療の効率化に一役買っている。
病院経営への活用も進む。都内のある大規模病院は、DPCデータによって件数や金額、増減収などが把握できることから、経営への影響が大きい症例の把握に活用している。「新しい設備の導入や更新、人事などに情報を活用している」(担当者)という。
03年度から導入された包括払い方式は診断群分類包括評価(DPC)に基づき、病気や治療法ごとに1日当たりの費用を設定する。重症患者向けの急性期医療を担う病院を中心に採用が進んでおり、17年4月時点で約1660の病院が導入した。10年で4倍以上に増えた。
医療費で一般的なのは投薬や画像診断、検査などそれぞれの医療行為ごとの費用を積み上げて合計する出来高払い方式だ。医療機関は使った分だけ医療費を受け取れるため、医師からすれば費用の心配などをせずに必要な医療ができるメリットがある。
入院に限り導入
しかし出来高払いは保険料を支払う健康保険組合などから「無駄な医療を生む温床だ」との指摘を受けてきた。医療行為をすればするほど報酬が増えるので、不要な医療につながりやすいとの批判だ。
こうした中、入院に限って導入された包括払いは医療の効率化に効果があったとされるが、「医療費の抑制には結びついていない」という指摘も根強くある。
「必要な医療が受けられなくなる」という懸念から、包括払いの対象には手術料や麻酔料などを含めなかった。さらに病院経営への影響を考慮して、出来高払いのときの収入を下回らないようにする措置も導入された。
包括払いの対象は入院医療だけのため、入院時に行っていた検査を入院前や退院後に外来で行えば収入増になるという側面もある。ある大学病院関係者は「包括払いの導入によって病院収入はむしろ6~7%程度増える」と指摘する。
出来高払いのときの収入を下回らないようにする措置は段階的に縮小され、今年度に全廃された。ただ包括払い方式の導入率は100床未満の病院では約1割で、診療所などは対象となっていない。
「包括払い方式の導入は大病院が中心」というニッセイ基礎研究所の三原岳・准主任研究員は「予防などを担う診療所に出来高払いは適さないが、出来高払いと包括払いを組み合わせた仕組みの導入を検討していくべきだ」と指摘している。
(小川和広)
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定額制「1人当たり」なら… 予防医療の効果期待も
入院医療の標準化に一定の役割を果たした包括払い方式だが、専門家の間では、かかりつけ医制度の本格的な普及に向けて、制度の抜本的な拡大や見直しを求める声も出ている。
包括の度合いをさらに高めた支払い方式には「人頭払い」と呼ばれる仕組みがある。かかりつけ医のような医師に対し、担当地域の住民1人当たりの定額を報酬として支払う方式だ。
住民の受診頻度が高いほど医療費がかさみ、医師の収入は減る。このため日本総合研究所の西沢和彦主席研究員は「医師は病気にならないための予防に力を入れようという気持ちが強まる」と指摘する。
ただこのためには国民一人ひとりが特定のかかりつけ医を受診してからでないと他の医師の診察を受けられなくなる可能性がある。日本医師会が「かかりつけ医の仕組みが定着する前にひも付けをすればかえって混乱を招くことになる」などと慎重な姿勢を示している。
[日本経済新聞朝刊2018年6月18日付]