映画『それから』 日常の断片 リアルに
人生の日々にはさまざまなことが起こる。それぞれの出来事は当の本人には起伏のある悲喜劇を生み出すとはいえ、人生そのものから見ればほんの一コマに過(す)ぎない。そんな日常の断片を巧みに映画化するホン・サンス監督の新作である。
今回は1人の男をめぐる妻と愛人の諍(いさか)いに偶然巻き込まれた女性の姿を描いている。主人公は自分で小説を書いて文芸誌に応募するアルム(キム・ミニ)という若い女性。そんな彼女が愛の三角関係のいわば目撃者となる。
アルムは文芸評論家のボンワン(クォン・へヒョ)が経営する小さな出版社に就職する。ボンワンは早朝に出勤して夜遅く帰宅するため、妻は不倫を疑っている。実際、彼はアルムの前任者のチャンスク(キム・セビョク)と不倫関係にあった。
初出勤したアルムをボンワンは歓迎して昼食に誘い彼女が書いた小説を読みたいという。そんな彼にアルムは自分の生き方を語る。その日の午後、ボンワンの妻が会社にやってきて、夫の愛人と勘違いしてアルムをいきなり殴りつける。
物語はアルムの就業初日に焦点を当てるが、全篇(ぜんぺん)はモノクロ映像で展開する。そのため、昼夜や季節がフラットな感覚になり、ある日ある時に偶々起きた出来事という印象が強められることになる。
会話が絶妙である。脚本に頼らずに即興に近い形でホン・サンス監督は演出するため、たとえばアルムとボンワンの食事シーンなど日常の何気ない会話のやりとりにリアリティーが感じられて思わず引き込まれてしまう。
そんな会話からアルムが信仰心に篤(あつ)く、生きる理由を理解し、現実を信じていることが知れる。たとえ今日の出来事が人生の一コマに過ぎないにしても、映画はアルムを通して信じることの大切さを伝えてくれる。1時間31分。
★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2018年6月15日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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