医師・介護職員・薬剤師がIT情報共有 患者包括ケア
医療の現場でIT(情報技術)ツールを介して異なる立場の人とのコミュニケーションを円滑にする取り組みが広がっている。訪問診療で地域の医師や介護職員らと情報共有したり、スマートフォン(スマホ)のアプリで処方されている薬を確認したりと双方向でコミュニケーションを深めている。必要な情報を把握でき、患者に適切なサービスを提供しやすくなる。
「痛みはどうですか」「食事は変わりないですか」。富山市で訪問診療のクリニックを営む医師の山田毅さん(43)は80代女性の患者を訪ね、明るく声をかける。診察を終えると、また次の患者の診療に向かう。この日は午後だけで3人を訪ねたが「1日7、8件まわるのが理想」だという。
患者を訪問するのは医師の山田さんだけではない。看護師や薬剤師、ケアマネジャーらが定期的に患者に会い、病状や生活の様子を確認。必要な手当てを施していく。
様々な職種の担当者が関わるが、必ずしも現場で顔を合わせるわけではない。その分、山田さんが情報共有のツールとして使うのが帝人ファーマのグループウエア「バイタルリンク」だ。
「仮想カルテ」作成
パソコンなどから情報を入力すると、他の医師や看護師などグループに登録した人に一斉に情報が伝わる。山田さんの場合、診療が終わった後、診断結果や薬を変更した理由などを書き込む。
同じように看護師らも患者の様子などを書き込み、「仮想カルテ」を作っていく。後から見直せば患者の状況を時系列ですぐ把握できるほか、不要な連絡も減らせる。忙しい医師に遠慮して連絡をとりづらいという悩みの解決にもつながる。
山田さんの場合、患者の仮想カルテの管理とは別に、地域の医療関係者などをまとめたグループも運営する。医療全般に関する疑問や不安を書き込んでもらったり、自身の思いを伝えたりする。
「1人で患者を診るのではない。目指すのはチームの医療だ」と山田さん。共有することで負担を分かち合えれば診療の質向上にもつながる。
こうしたグループウエアは富士通やNECなどIT大手や、介護事業者向けシステムのカナミックネットワークなどが提供している。
家族にも安心感
スマホのアプリを使って患者と薬剤師のやり取りをスムーズにしようという試みもある。
東京都練馬区の「そうごう薬局 大泉学園店」を訪れた患者は、お薬手帳のアプリ「ヘルスケア手帳」を見せ、これまでに処方された薬の一覧を伝えることができる。他の薬局で出された薬の情報も取り込むことも可能。「以前出た薬は飲めていますか」といった会話を通じ、患者の状態を把握しやすくなる。
アプリには血圧などのデータを記録する機能もある。まだ紙のお薬手帳を使う人が多数派だが、「アプリで生体データを取得できれば薬の効果が出ているか把握しやすくなる」(薬局を運営する総合メディカルの中野智樹シニアマネジャー)。
通常、患者の医療情報は病院や薬局などがそれぞれ書類として保管していることが多い。それだけでも診療には十分だが、ITツールをうまく活用すれば医療、介護の関係者は患者の生活を「点」でなく「線」や「面」で捉えられる。患者を包括的にケアすることで家族など周囲にも安心感を与えることができるはずだ。
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病歴など健康データ 自分で管理の動き
病歴や検査結果をはじめとする医療・健康情報を患者自身が管理する動きが広がりつつある。「パーソナル・ヘルス・レコード(PHR)」と呼ばれる取り組みで、スマホのアプリなどを通じて健康データを見られる状態にしておく。必要に応じて医師などに示し、診断してもらうといった具合だ。
いつもと違う医療機関にかかるときや、急に体調が悪化した際の診療に役立つ可能性がある。例えば血圧が大きく上昇した患者の場合、検査の直前だけ上がったのか、普段から高いのかで医師らの判断や対応が変わることもある。生活習慣病が増え、日常的な健康状態を観察する必要性が高まったという背景もある。
検査結果などの診療データは病院だけが保有しており、活用し切れていないとの指摘は多い。一方で患者にとって病歴などは重要度の高い個人情報であり、セキュリティーの確保など慎重に取り扱う必要がある。
(諸富聡)
[日本経済新聞夕刊2018年6月13日付]
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