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私の課長時代

堀江氏に隠れ求人広告 ライブドアの「ひずみ」に直面 LINE社長 出沢剛氏(下)

2018/6/5 日本経済新聞 朝刊

ライブドア事件でバラバラになりそうな社内をまとめるために研修旅行を開催した(2006年秋)

■オン・ザ・エッヂ(後の旧ライブドア)に2002年に転職を決めた。

社長の堀江貴文さんに「うちに来るなら新しいことをやりなよ」と言われました。NTTドコモのiモードが始まり、モバイル向けサービスは伸びる予感があったのです。当初は3人の部署でしたが、04年には60人近くに増えました。

04年にはなんと副社長に就任。実は堀江さんの「肩書をインフレさせる」戦略でした。実質的には大企業の課長レベルですが、取引先に提案に行くと責任者らしくて話が通りやすい。当時は社内を見渡すと副社長がたくさんいました。

■ライブドアは業績が急拡大する一方で、ひずみも出ていた。

堀江さんは戦略を社内に対して説明するより、対外的に花火を打ち上げることが多かったのです。社員は会社の方針を報道で初めて知る状況でした。

経営陣と事業部の目線にギャップがあり、急成長に伴う「成長痛」を感じていました。上から言われたことをそのまま伝えるのではなく、自分が納得した上で、部下の立場になって伝えるように工夫しました。

堀江さんは合理的な考え方の持ち主で、無駄だと思ったものには一切お金を使いません。例えば、「求人広告はまったく意味が分からない」と言っていました。自社のホームページに直接応募する人はモチベーションが高いなど、ある意味正しい考え方です。

ただ、会社が拡大すると、それだけでは採用が間に合いません。自腹でこっそり求人広告を出したこともありました。

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