カンヌ映画祭「見えない人々」に光 是枝監督が最高賞
是枝裕和監督が最高賞のパルムドールを射止め、19日閉幕した第71回カンヌ国際映画祭。困難な世界でもがく家族、子ども、女性……。映画作家は「見えない人々」に光を当て、現代を問うた。
「大きなテーマはインビジブルピープル(見えない人々)だった」。ケイト・ブランシェット審査員長は閉会式で映画祭を総括した。映画は現代社会や歴史の中で見落とされている人々をどう発見し、描くことができるか? その問いに最も真摯に答えたのが是枝裕和監督「万引き家族」だったのだろう。
家族の根源とは
高層マンションに囲まれたボロボロの平屋に暮らす一家。老女の年金を主な収入源にし、生活用品は万引きで補う。社会格差の底辺におり、隔絶されたような家族だが、暮らしには笑いが絶えない。カメラはドキュメンタリーのように生活を丁寧に捉える。生き生きとした子どもの姿や何気ない日常のやりとりが、あたかも一家が実在しているかのような効果を生む。
そこには家族というものへの根源的な問いが映る。可視化された怪しげな一家の姿は「では、当たり前の家族とは一体どういうものなのか?」という問いへの答えを迫る。家族を受け入れる地域、日本、そして世界の在り方にその問いは広がっていく。是枝監督は「国や文化を超え、自分に置き換えて見てくれた人が多く感じた」と話した。
審査員賞を受けたレバノン女性、ナディーン・ラバキー監督の「カペナウム」は封建的な価値観が残る社会を子どもの視点から見つめる。親はいるが、主人公の男の子は自分の年齢も「12~13歳」ということくらいしか知らない。貧しく、学校にも行かせてもらえず働き、妹や弟の面倒を見て暮らす。仲のよかった妹は11歳で好きでもない男に無理やり嫁がされる。
ラバキー監督は子どもや女性の抱える困難を丁寧に説明することで、現在の世界に強い異議を申し立てる。主演の子役はもともとストリートチルドレンだったところを見いだされた。まさに社会から見捨てられた存在を軸に力強い物語を作り上げた。
メッセージ性という意味ではグランプリを受賞した米国のスパイク・リー監督が際立っていた。「ブラック・クランスマン」は1970年代を舞台にした小説が原作で、白人至上主義団体KKKに潜入する黒人警察官の姿を描く。作風はコミカルで、軽妙なやりとりを交えながら、差別問題を過去ではなく現代の問題として提起した。
米の負の側面描く
作品には昨年8月に米バージニア州シャーロッツビルで起きた、白人至上主義団体と反対派の衝突の映像やトランプ大統領が映る。「米国は民主主義の偉大な国? 原住民の虐殺と奴隷制でできた国だ」とリー監督。27年ぶりのカンヌで強烈な印象を残した。
監督賞のパヴェウ・パヴリコフスキ監督(ポーランド)の「コールド・ウォー」はコンペ作の中で最も美しい作品だった。冷戦下のポーランドやパリを舞台に、師弟関係にある男女2人の音楽家の愛を数年にわたり描く。時代の大きなうねりに翻弄され、自由な生き方を奪われた彼らもまた「見えない人々」だ。時代ごとに変遷する劇中歌はみずみずしく、モノクロの画面はポエジーに満ちていた。
仏のジャン=リュック・ゴダール監督の「イメージ・ブック」は特別パルムドールを受賞した。様々な映画から映像を切り取り、世界各国の書物から抜き出したコラージュ作品。87歳になった今も革新性と映画作りへの意欲は健在だった。
日本の浜口竜介監督「寝ても覚めても」は賞を逃したが、好意的な評もあった。仏リベラシオン紙は「素晴らしい長編」と報じた。前作「ハッピーアワー」はフランスで公開中。カンヌへの出品は39歳の浜口監督の名を海外により知らしめる機会になったに違いない。
(カンヌで、赤塚佳彦)
[日本経済新聞夕刊2018年5月22日付]
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