現存しなくてもOK 広がる世界遺産・史跡VRツアー

官営八幡製鉄所の旧本事務所。VRで実際に歩いているように見学できる=北九州市提供
官営八幡製鉄所の旧本事務所。VRで実際に歩いているように見学できる=北九州市提供

全国で仮想現実(VR)を使った解説サービスを導入する史跡が相次いでいる。現在は存在しない建物や入れない場所を手軽に疑似体験でき、理解を深めるのに役立っているようだ。

世界遺産に登録されている「明治日本の産業革命遺産」。その一部を成す官営八幡製鉄所がある北九州市が3月、VR技術を使ったバーチャルツアーを始めた。専用ゴーグルを装着すると、かつて長官室や技監室が置かれた「旧本事務所」の内部を実際に歩いている感覚で見学できる。

同製鉄所は現在も稼働している新日鉄住金八幡製鉄所の一部で一般の立ち入りが制限されている。これまで旧本事務所の外観を眺められる眺望スペースを設けていたが、「もっと近くで見たい」「世界遺産の中に入りたい」という要望が多く寄せられていたためバーチャルツアーを企画した。

提供するコンテンツは創業当時を再現したCG(コンピューターグラフィックス)や、ドローンで空中撮影した施設の360度映像など計5つ。利用者からは「写真や文章だけで知るより、具体的に内部をイメージできる」と好評だ。市の担当者は「世界遺産を少しでも身近に感じてもらいたい」と話す。

あふれる臨場感

専用機器を使い、360度に広がるパノラマ映像を楽しめるVR。足元や上空、後ろを振り返っても映像が流れ、その空間に実際にいるかのような感覚を味わえる。実際には見るのが難しい場所を臨場感あふれる映像で体験できるため、ゲームなどにとどまらず、医療や介護、商品開発など各種分野で応用が進む。史跡でも活用が広がる。

その一つが八幡製鉄所と同じ「産業革命遺産」に含まれる三重津海軍所跡(佐賀市)だ。佐賀藩が1858年に設立した蒸気船等の修理・造船ドックで、国産初の実用蒸気船「凌風丸」の建造で知られる。

ただ、ドック跡は全て地下に埋まっており、現在は目に見えるところには何もない。発掘調査が進んでいるが、木や土で構築された遺構は壊れやすいため、保存のため地中に埋め戻されているのだ。

「みえない世界遺産」とも呼ばれる同遺跡を可視化するため、佐賀県が2015年に始めたのが、隣接する佐野常民記念館で体験できるVRツアーだ。館内では専用スペースで実際に幕末の三重津海軍所に入り込んだような3D(3次元)動画を鑑賞できる。屋外では貸し出されるゴーグル型機器をのぞくと、鑑賞ポイントごとに約160年前の現地の様子を再現した映像を味わえる。

凸版印刷のサービスでは端末に過去の様子を表示する(福岡市の福岡城)

こうしたVR需要の広がりに着目し、16年から歴史的建造物を持つ自治体など向けにコンテンツ制作やシステム運用サービスを始めたのが凸版印刷だ。現在までに江戸城(東京・千代田)や福岡城(福岡市)など国内外の16カ所に提供している。

スマホかざせば

同社のサービスはスマートフォンやタブレット端末の位置情報を活用する。地図と連動し、特定の場所で利用者に通知を送信。たとえば現在は石垣だけしか残っていないような城跡で端末をかざせば、画面上に復元された過去の様子がVR映像で映し出される。音声による解説もあり、現在と過去の状況を見比べながらガイドを聞き、現地の理解を深めることができる。

自然災害をきっかけに、VR動画を制作したのが岩手県岩泉町の鍾乳洞だ。16年8月の台風被害で日本三大鍾乳洞の一つにも数えられる「龍泉洞」が閉鎖された。翌年3月に営業を再開したのを機に、岩手めんこいテレビとコンテンツ配信などを手掛けるアクセリア(東京・千代田)などが内部を360度見渡すことができる動画を制作、公開した。

今後は「よりリアルなVR映像で現状を残しておくことは記録・保存の観点からも重要になる」(岩手めんこいテレビ)のは間違いない。VRの活用は新しい鑑賞体験を提供する目的以外にも進みそうだ。

(岩本文枝)

[日本経済新聞夕刊2018年5月21日付]

エンタメ!連載記事一覧