『犬ヶ島』 精緻な構図 成熟した情感
『犬ヶ島』の原題(Isle of Dogs)を早口で読むと、「アイ・ラヴ・ドッグズ」と聞こえそうになる。
だが、犬ヶ島は犬の楽園ではない。猫島といわれる田代島や、兎(うさぎ)の群棲する大久野島を連想すると当てが外れる。島には、ドッグ・フルー(犬インフル)に罹(かか)った犬が隔離されている。
ここはもともとゴミの島だった。原子力発電所は廃墟になっている。時代は20年後の日本。メガ崎市の沖合に位置するこの島は、最悪のディストピアだ。
そんな島にスポッツという犬が流される。12歳のアタリ少年は愛犬の救出を試み、軽飛行機で島に向かう。島で生き延びてきた野犬たちの力を借りた彼は、果敢に危機を乗り越えていく。
大筋はこうだが、映画の感触はずっと複雑だ。アタリの育ての親であるメガ崎市長の小林は、犬を憎んできた。そして、少年を警護するスポッツを「公用犬追放第1号」に指定した。
因縁は他にもあるが、長くなるから省く。監督のウェス・アンダーソンは、1000体を超える人形を使い、15万枚近い静止画を撮って映画を完成させた。
前作『グランド・ブダペスト・ホテル』ではミニチュアが駆使されたが、この監督はCGを好まない。美意識と諧謔(かいぎゃく)精神をともに満たす精緻な構図は、相当の手間をかけないと具体化できないのだ。
『犬ヶ島』には黒澤明の影も濃い。市長の顔や音楽の引用などはもちろん、1960年代の黒澤映画にしばしば見受けられた「空間のドラマ」が、この映画でも鮮明に再現されている。
パンフォーカスを用いたロングショットの構図はその一例だが、犬の群れが空間を際立たせるときの手腕には胸が躍る。巧緻な手の背後には、高度な知性と成熟した情感も潜む。この映画は二度見たい。最初はお話と批評性を、つぎは想像力と構築力を楽しんでほしい。1時間41分。
★★★★★
(映画評論家 芝山 幹郎)
[日本経済新聞夕刊2018年5月18日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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