『モリのいる場所』 飄々と生きる画家の一日
映画の冒頭、昭和天皇が展覧会場で1枚の絵を見て「何歳の子供が描いた絵ですか」と尋ねる。その「伸餅(のしもち)」と題された絵を描いたのは、1977年に97歳で亡くなった画家の熊谷守一。
熊谷は簡潔なフォルムと明るい色彩による独特な画風で知られ、晩年は猫などの動物、蝶(ちょう)や草花など身近な題材を好んで描いた。そんな彼が妻と共に過ごした晩年の夏の一日を描いた沖田修一監督の新作である。
舞台は、東京・豊島区にある広い庭に囲まれた平屋の一軒家。この古い家に30年代から暮らす熊谷は、戦後30年にわたってほとんど家の外に出ることなく過ごしてきたというが、彼の日課は、草木が生い茂り、片隅に池のある庭を散策することだった。
今日も熊谷(山崎努)は妻の秀子(樹木希林)に見送られて庭を歩きながら虫や石を観察する。一方、熊谷家には朝から訪問客が絶えない。画商、隣人、揮毫(きごう)を依頼しにきた信州の宿屋の主人など、秀子とお手伝いさんは応対で忙しい。
熊谷の日々の姿を撮り続ける写真家が助手を連れてやってくる。地面に寝そべって飽きずにじっとアリの生態を観察する熊谷に驚く助手。近所にマンションを建設するオーナーと現場監督が来訪し、熊谷を尊敬する美大生が書いた建設反対の看板に抗議する。
そんな熊谷をめぐる日常の出来事がユーモアを込めて描かれる一方、見知らぬ男が登場して庭から広い宇宙に出ていかないかと熊谷を誘うなど、主人公の心が点描される。夫婦役の山崎と樹木が好演して絶妙な間合いを醸し出している。
お金や名声など世俗の世知辛い欲望に背を向けて飄々(ひょうひょう)と生きる熊谷の姿は新鮮だ。文化勲章の受章を断って周囲を唖然(あぜん)とさせる熊谷の超然とした生き方に見合うかのように、映画は淡々と展開して独特な雰囲気を漂わせて飽きさせない。1時間39分。
★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2018年5月11日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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