ミュージカル新時代 「メリー・ポピンズ」が示す進化
ミュージカル「メリー・ポピンズ」が話題を呼んでいる。制作したホリプロは東宝、劇団四季につぐ存在に浮上。翻訳上演の進化をへて、オリジナル・ミュージカルを目指す時代に入りそうだ。
東京・渋谷のシアターオーブ。ディズニー映画で有名な「メリー・ポピンズ」の舞台版(7日まで。大阪・梅田芸術劇場に巡回)が観客をわかせている。魔法のつかえる子守のメリー・ポピンズが傘をさして銀行家の家に舞い降り、子どもたちを楽しくしつける。煙突掃除人やメリーがタップダンスで入り乱れる群舞は迫力満点だ(マシュー・ボーンら振付)。
2004年に英国で初演され、権威あるオリヴィエ賞で最優秀振付賞をとった総踊り。「オペラ座の怪人」や「レ・ミゼラブル」を放った大物プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュとディズニーが組み、一流スタッフで創作した。「配役に厳しい」(四季関係者)キャメロンの了解を取りつけるのが難しく、現場に試練をもたらした。
3年前から準備
堀義貴ホリプロ社長によると、海外スタッフによるオーディションが始まったのは3年ほど前。主演(濱田めぐみ、平原綾香)以下、妥協を許さない選考が続いた。東宝と組み、「レ・ミゼラブル」をはじめ数々の翻訳ミュージカルを支えてきた山口●(たまへんに秀)也が音楽監督で参加。訳詞(高橋亜子)を練り、歌、演技、踊りのスムーズな流れを時間をかけて磨いたという。
翻訳ミュージカルの上演史を振り返ると、30年前の「オペラ座の怪人」(四季)とその前年の「レ・ミゼラブル」(東宝)が画期的だ。実力主義が英国から持ちこまれたからだ。
見逃せない勢力
ホリプロは「ピーターパン」などで大型ミュージカルの制作経験がすでにある。が、衆目を驚かせたのは、子役が大活躍するロンドン・ミュージカルの傑作「ビリー・エリオット」だ。昨年上演され、菊田一夫演劇賞の大賞を射止めている。蜷川幸雄演出の舞台を海外で上演し、制作力への評価を高めたこともあり、上演権獲得競争で見逃せない勢力に躍り出ている。
「ビリー」は手を出しにくい演目だった。日本では子役の就業時間などに制約が大きく、長期稽古となればメンタルケアも欠かせない。子供扱いせず、きめ細かな配慮も怠らない海外の手法を学んだホリプロは「メリー・ポピンズ」で経験を生かしたようだ。
日本はことミュージカルに関しては、圧倒的な貿易不均衡を抱え、上演権料を海外に払い続けている。オリジナル作品から上演権料が入るショービジネスを確立することは演劇界あげての悲願だ。来年1月、米トニー賞受賞の大型ミュージカル「パリのアメリカ人」の翻訳上演をひかえる四季も、オリジナル作品の制作を目標に掲げる。
新興のホリプロは栗山民也演出のミュージカル「デスノート THE MUSICAL」でアジア展開をもくろむ。その「デスノート」で音楽監督を務めたグラミー賞受賞作曲家ジェイソン・ホーランドと組み、黒澤明監督の名画「生きる」を初めてミュージカル化、宮本亜門演出で10月に初演する。クロサワ・ミュージカルで、ニューヨークのブロードウェイ進出を目指すと鼻息が荒い。
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ホリプロ社長 堀義貴氏に聞く
30年かかってもドーバー海峡を渡るんだと言い続けています。ロンドンにロイヤルティー(上演権料)を払うだけでなく、もらわないといけない。「デスノート」一作だけではダメで、二の矢、三の矢を放ちたい。
国内の観劇人口は確実に減り、20年後にはストンと落ちるでしょう。中国や台湾の観光客に見てもらえる作品をつくり、同時に海外に活路を見いだすしかありません。準備は今しないといけない。所有していた中劇場は手放しましたが、新しい観客を開拓するためにも千席以上の拠点劇場がほしい。
(編集委員 内田洋一)
[日本経済新聞夕刊2018年5月1日付]
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