シニアに人気ヒップホップ 医大や自治体、効果を検証
介護予防へ期待
介護予防や健康維持に役立てようと、60歳以上のシニアがヒップホップダンスに取り組んでいる。リズムに合わせて自由なスタイルで踊れるのが特徴。体を動かしたいシニアの間でダンス教室が人気を集め、イベントで踊りを披露する平均年齢70歳超のグループも登場している。認知機能や敏しょう性が改善するとの研究データもあり、シニアの健康作りを進める自治体が注目している。
「それではミュージックスタート!」。4月上旬、大阪府和泉市の商業施設のイベントホールで開かれたダンス教室。女性講師2人の動きをまねて、60~70代の約30人のシニアが人気ポップスグループ「ABBA(アバ)」の曲に合わせて1時間ほど汗を流した。踊ったのはヒップホップダンスだ。
参加者は9割以上が女性。友人に誘われて足を運んだ同市の宮川育代さん(75)は「運動すると言えばラジオ体操くらい。若い人のように音楽に合わせて踊るのも楽しい」と友人と笑顔でハイタッチを交わした。
教室を開いたのは日本ストリートダンススタジオ協会(大阪市)。近畿地方を中心に社会人ら向けのダンス教室を展開していたが、中高年層の参加が目立つように。そこで2015年1月から60歳以上を対象に参加者を募ったところ、申し込みが殺到。シニア限定のヒップホップダンス教室も開くようになった。
なぜ若者に人気のヒップホップダンスをシニアが踊るのか。同協会の吉田健一代表理事は「社交ダンスのようにパートナーや衣装は必要なく、誰でも気軽に始められる。自由なスタイルで踊れる魅力がある」と説明する。プログラムでは大きく手を振るなどシニアでも踊りやすい振り付けを用意。吉田さんは「定員を上回ることが多く、今後も参加者は増える」とみる。
同協会は17年3月から、奈良県立医科大などと共同研究にも取り組む。ダンス教室は1カ月以上にわたって複数回参加してもらう。教室の初回時と複数回参加した後で単語の記憶力を問う筆記テストを受けてもらい、成績を比較。始めた後のほうが認知機能の向上やストレスの軽減に効果がみられたという。
同大学の沢見一枝教授は「脳が活性化し、介護予防に一定の効果があることが確認された」と解説する。
高齢者の健康づくりに導入している自治体もある。
岐阜県多治見市は14年5月、「TGK48プロジェクト」と銘打った取り組みを始めた。「TGK」は「多治見・元気・高齢者」の頭文字の意味。約60人のシニアでつくるグループが週1~2回、独自の振り付けでヒップホップダンスを1時間半練習し、年20回ほどイベントでもダンスを披露している。平均年齢は72歳で最高齢は83歳という。
同市は岐阜大と協力して、毎年メンバーの体力を測定。結果を比べると、敏しょう性が改善しているとの結果が得られたという。「元気なシニアが活躍する活気ある市をつくっていきたい」と市の担当者。県外の自治体から活動内容の問い合わせが相次いでいる。
ダンス指導者の養成にも取り組む14年10月に設立された日本介護予防ダンス協会(三重県朝日町)は、ヒップホップや歌謡曲のリズムに合わせて体を動かす「元気ダンス」を推進している。介護予防の知識やダンスの講習を受けて試験に合格すれば、同協会認定の指導者となる。約150人の指導者が全国で活動中だ。
同協会の担当者は「ヒップホップで使われる曲はリズムがはっきりしているものが多く、初心者でも音楽に合わせて足踏みや手拍子がしやすい。今後は介護予防でダンスを始めるシニアが増えると思うので、指導者を育てていきたい」としている。
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入念に準備運動/無理せずに
ヒップホップダンス教室は初心者のシニアも多い。介護予防への効果が期待される一方、慣れない運動は体への負荷が大きくなる恐れもある。高齢者のスポーツ医学に詳しい近畿大医学部の福田寛二教授は「ウオーキングやストレッチといった準備運動を入念にし、自分のペースで続けることが大切だ」と助言する。
ヒップホップダンスは、両膝を軽く曲げて体を上下する「ダウン」の動きが基本。スクワットに似た動きを繰り返すため、急激な運動は膝や腰への負担がかかりやすいとされる。心筋梗塞や脳卒中を引き起こす恐れもある。「ダンス中はこまめに水分補給を心がけてほしい」(福田教授)
介護を必要とせず、自立した生活を過ごせる期間を示す健康寿命への関心が高まっている。福田教授は「シニアの運動は健康寿命を延ばすのに効果的。無理なく続けて」と話している。
(島田直哉)
[日本経済新聞夕刊2018年4月25日付]
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