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会社員・医師… 兼業音楽家、クラシック界に新風

2018/4/23付 日本経済新聞 夕刊

プロが集う管弦楽団を指揮する坂入健司郎(昨年12月、東京都杉並区)

 クラシックの世界でプロとして音楽と別の仕事を両立する「兼業音楽家」が存在感を増している。時間の制約をプラスに転化する「二刀流」の存在がクラシック界に新風を吹き込んでいる。

 昨年12月末、音楽・スポーツイベントや企画を手掛ける「ぴあ」の社員が、プロ奏者が集う川崎室内管弦楽団を指揮した。現在29歳の若手指揮者、坂入健司郎だ。見た目は普通の青年だが、舞台に上がるとさっそうとした、切れ味良い棒さばきをみせる。シェーンベルクの「浄められた夜」の弦楽合奏版など、専業指揮者でも難しい曲を巧みにまとめた。

■自ら楽団を結成

 幼稚園の頃から指揮者に憧れた。音大への進学も考えたが、社会の動きを勉強するため慶応大経済学部に進学した。大学在学中はロシアの名指揮者、フェドセーエフの国内外の公演に足を運んで楽屋を訪れ、気に入られて“弟子入り”。ぴあでは企画や営業をこなし、コミュニケーション能力を身につけた。

 4月からはぴあに籍を置いたままスポーツ庁に出向し、週末や長期休暇を中心に指揮活動する。「音楽全体を見る立場が楽しい。指揮者は自分の考えを言う必要がある。会社員として培った力が役立つ」と話す。

 2016年、人脈を駆使して自ら川崎室内管を結成したのも、社会人生活で磨いた行動力のたまものだ。今年2月、同室内管との共演盤をメジャーレーベルのキングインターナショナルから発売。6月には東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の合唱舞踊劇で指揮するなど、専業指揮者顔負けの活躍ぶりだ。

 科学的判断が求められる医師と感情を表現するピアニストを両立する上杉春雄は兼業音楽家の先駆けだ。北海道の病院で神経内科医として勤務する傍ら、年10~20回、プロとして公演に出る。幼少時から多くのコンクールで入賞するなど才能を発揮する一方、医師の仕事にも魅力を感じた。「音楽を仕事とは考えていなかった」が、大学の頃、演奏がレコード会社の目に留まりアルバムを録音。公演の依頼も相次いだ。

■医者とも共通点

 医師として働き始めた1990年代前半から10年ほどは多忙を極め演奏から遠ざかったが、2003年に活動を再開。「時間の制約があるので、効率的に弾く方法を探す」工夫も怠らない。指や関節の動かし方など微細な点から奏法を見直し、表現面でも作曲家や譜面を徹底的に研究。「欠点を見つけて直す作業は医者の仕事に似ている」と話す。今年はJ・S・バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を録音したアルバムを発表する。

 ポピュラー音楽の世界では銀行員でもあった小椋佳ら兼業で知られた音楽人は少なくないが、クラシックでは珍しい。楽曲に向き合うのに相当の時間と覚悟が必要だが、上杉は「中途半端な兼業はだめ。聴衆は医者の音楽を聴きに来るわけではないと肝に銘じている」と強調する。

昨年12月、横浜で行われたオペラ公演に出演した武井涼子(右)

 「歌のレベルが落ちた時はやめる時」。ソプラノ歌手の武井涼子も強い覚悟で兼業の道を歩む。小学生の頃から合唱で活躍。大学受験時は音大に進むか迷ったが、歌で生計を立てる自信がなく東京大学に進んだ。

 再び歌に本格的に取り組んだのは広告代理店など様々な仕事を経験し、35歳になった06年。経営学修士号(MBA)取得のための米国留学中、ジュリアード音楽院のジョイス・マクリーンに重みのある声を評価され、個人レッスンを受けた。

 12年にはプロ歌手の団体「二期会」の試験に合格した。現在はグロービス経営大学院准教授としてマーケティングを教えながらオペラや歌曲の公演にも出演。「マーケティングの考え方はコンサートでお客様にいかに喜んでもらえるかを考えることと共通する。歌で培った表現力や創造性はビジネスにも生きる」と言う。

 音楽評論家の鈴木淳史氏は「兼業の音楽家には恐れを知らない自由な発想があり、やりたい音楽を追求できる強みがある」と話している。

(岩崎貴行)

[日本経済新聞夕刊2018年4月23日付]

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