『タクシー運転手』 庶民が目撃した光州事件
開幕は、ソン・ガンホ扮(ふん)する運転手マンソプが、ハンドルをにぎりつつ、ラジオに合わせて陽気な歌謡曲をうたっている。庶民派の人情喜劇かと思ったが……。
しかし、時は1980年5月。ソウルでは学生デモが道をふさぎ、商売の邪魔。亡き妻のすすめではじめた個人タクシーで、まだ小さいむすめを育てているが、家賃を4カ月分、10万ウォンもためてしまった。
そこに、10万ウォンをポンとはらう客がいると、別の運転手の会話を耳にし、その上客を横どり。
東京から来たドイツ人ジャーナリストのピーターことユルゲン・ヒンツペーター(トーマス・クレッチマン)。前日の5月18日に、同業者から光州(クワンジュ)が封鎖されたようだとの情報をえて、取材に飛んできたのだ。
かくして長駆、マンソプのタクシーは光州へ。幹線道路は封鎖されているので横道をさがす。政治に無関心な小人物のマンソプは、すぐにひき返したがるが、10万ウォンのちからは大きい。なんとか光州につく。
ここまでは、まだ導入部で、ここからマンソプは、ピーターについて「光州事件」とよばれることになる凄惨な事態を目撃する。
民衆の昂揚(こうよう)、それを抑圧する軍隊の暴力――ついには無差別な銃撃にまでもいたる――がリアルにえがき出されていく。民衆にまぎれこむ私服の軍人の存在も恐怖だ。16ミリですべてを撮影するピーターを、私服の一隊が追ってくる。
生活の心配と人情だけの世界で生きてきたマンソプの意識が、変化する。このあたりはソン・ガンホならではのうまさ。光州の運転手たちの助けをえて脱出するチェース・シーンも感動的だ。光州潜入から脱出まで、冒険活劇の醍醐味がつまっていて、そこに韓国映画らしい人情味もからむ。
実話をもとにしている。監督は『高地戦』(2011年)のチャン・フン。2時間17分。
★★★★
(映画評論家 宇田川幸洋)
[日本経済新聞夕刊2018年4月20日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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