シリア内戦ドキュメンタリー 市民メディアの闘い追う
シリア内戦下の市民メディアを追ったドキュメンタリー映画が相次ぎ公開される。惨状をスマートフォンで撮り世界に発信する市民記者や復興を励ますラジオ。闘う市民の姿が胸を打つ。
過激派組織「イスラム国」(IS)に制圧されたシリア北部の町ラッカ。外部と断絶したISの首都で何が起こっているのか? ラッカに住む学生らは市民ジャーナリスト集団RBSS(Raqqa is Being Slaughtered Silently/ラッカは静かに虐殺されている)を結成。町の惨状をスマートフォン(スマホ)で撮影し、交流サイト(SNS)で世界に発信した……。
ISに屈せず
マシュー・ハイネマン監督「ラッカは静かに虐殺されている」(公開中)はRBSSとISの映像を武器とした壮絶な闘いを追う。
シリアの市民ジャーナリズムは「アラブの春」と共に始まった。映画は反体制派がアサド政権軍を排除した2013年3月のラッカ市民の映像を伝える。しかし翌14年、ISが新たな支配者としてラッカに入る。
広場での公開処刑、さらされた死体、食事に行列する人々、子供たちを扇動するIS……。RBSSの映像は世界に衝撃を与える。だが間もなく仲間が捕らえられ、拷問、処刑される。
RBSSは十数人の市民記者をラッカに残し、国外に逃れる。トルコとドイツを拠点に、国内の記者が暗号で送る映像をSNSで世界に発信する。映画は国外組の3人の若者に密着し、その仕事と生活を撮る。
ISの反撃は執拗だ。メンバーの父を処刑。その映像をSNSで公開する。隠れ家を突き止め、玄関の映像を載せ、脅す。トルコにいた指導者を暗殺する……。
ISは映像のプロも起用。新兵勧誘のプロパガンダ映像はハリウッド並みの技法を駆使する。RBSSがスマホで隠し撮りした素朴な映像とは対照的だ。
「若者がメディアを武器にISと闘っていることを世界に伝えたかった。政治的背景でなく、彼らの日常生活と人間性を描いた」。ハイネマン監督は3月26日に東京大学で開かれた上映シンポジウムにインターネットで参加し、語った。
ラベー・ドスキー監督「ラジオ・コバニ」(5月12日公開)はISとの戦闘で廃虚となったシリア北部の町コバニで、友人たちと手作りのラジオ局を開いた女子学生ディロバンを追う。
電力供給が安定せず、放送局がたびたび移転するなか、ディロバンはISと戦う兵士のために音楽をかける。家を奪われた家族や掃討戦に臨むクルド人女性兵士にインタビューする。避難から戻った人々に希望を語り、復興を励ます。
一昨年に日本公開された「シリア・モナムール」(2014年)も無名の市民が撮った多くの映像で構成されていた。アサド政権と対立しフランスに亡命したオサーマ・モハンメド監督は1001人のシリア人が撮った1001の映像を見せる。そこにSNSで知り合ったシリアに残る女性監督ウィアーム・シマヴ・ベデルカーンとの対話と内戦下の過酷な現実が重なる。
世界が応答する番
情報技術の発展は戦争と映像の形を変えた。6年前にパレスチナで市民ジャーナリストたちと交流した映画評論家の金子遊氏は「その後のSNSの発達で、市民が撮った映像が、プロのジャーナリストを介さなくても、海外メディアに届くようになった」と語る。支配者の国際的なプロパガンダに対し、市民が真実を突きつける「メディア戦争」の構図も鮮明になった。
上映シンポに参加したメディア研究の李美淑・東大特任助教は「ラッカにいる人々が情報を送り、外にいる人々が応答し、世界に発信した。監督も映画を作ることで、応答している。私たちがどう応答できるか。遠い他者の苦しみに距離を置くのでなく、同じ人間として考えたい」と語った。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2018年4月17日付]
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