山岳信仰の古刹、秘宝を相次ぎ公開 開山1300年で
大分県の六郷満山や鳥取県の大山などが開山1300年を迎えた。各地の寺社は秘仏などの特別公開や文化財の複製・公開を通じ、山岳信仰や神仏習合への理解を深めてもらおうとしている。
大分空港から車で約30分、国東半島の中央部に「六郷満山」の寺院群がある。知恵の仏、文殊菩薩(ぼさつ)をまつる文殊仙寺はその一つ。背後の岩壁に接するようにして立つ本殿では現在、鬼の姿をした秘仏「角大師座像」が観覧できる。
「神仏習合」の地
この寺宝は通常、一般公開していない。だが、開山1300年を記念して六郷満山霊場を構成する31寺社のうち12寺社で先月1日から6月10日まで秘仏などを公開中だ。特別公開は昨年5月から断続的に催し、参拝者にも好評だ。六郷満山文化の中核をなす宇佐神宮では4月25日~5月7日に国重要文化財「若宮御神像」を初公開する。
伝承によれば、八幡神の化身ともいわれる仁聞菩薩が718年に国東半島に28の寺院を開き、6万9千体の仏像を作ったのが六郷満山の始まりとされる。山に神が宿ると信じた日本古来のアニミズム信仰を受け継いだ山岳信仰が栄え、宇佐神宮などを中心とする八幡信仰と融合して「神仏習合」という独特の信仰文化が形成されたと考えられる。
それゆえ、六郷満山は神仏習合発祥の地ともいわれる。神仏習合によって生まれた仏像などの造形も多彩で、ほかの地域にない独自の文化が花開いた。
記念事業を主導する文殊仙寺の秋吉文暢副住職は「平安期には寺院群が形成されていった。開山1300年は六郷満山文化を理解してもらう絶好の機会」と意気込む。旅行会社と協力して霊場ツアーも企画。先達とよばれる僧が信者を案内する山岳信仰の伝統にならい、25人ほどのグループが数日かけて霊場を巡り、一般の人も参加しやすいようにした。
門外不出の刀複製
登山客でにぎわう人気の観光地、鳥取県の大山は718年に猟師だった金蓮(きんれん)上人が山に地蔵菩薩をまつったのが開山の起源と伝わる。県は2年前に1300年実行委員会を設け、記念事業を展開。その一環で、国宝に指定される名刀「童子切安綱」の複製にも乗り出した。
刀は上野の東京国立博物館に収蔵され、門外不出だ。依頼を受けた地元の刀工が墨で写しとった押し型を参考に製作。来月に奉納される大山寺では来訪者が目にできるようにし、鳥取で盛んだった刀作りの文化にも興味を持ってもらう。
大山信仰の拠点となる大山寺の本堂と鐘楼は戦後に再建されたが、昨年、国登録有形文化財の指定を受けた。大山寺支院・圓(えん)流院の大館宏雄住職は「指定を受けたことで次世代に確実に伝えられる」と喜ぶ。
石川・福井など4県にまたがる白山。717年に奈良時代の修験僧である泰澄が初めて登頂し、開山したとされる。開山1300年の昨年には、寺社などに伝わる国宝の剣「吉光」や縁起絵巻の特別公開を通して白山信仰の由来や地域に息づく文化を振り返った。
開山伝承を記す文献は中世のものが多く真偽は定かでない。山の祭祀(さいし)遺跡の調査に長年携わる時枝務立正大学教授は「六郷満山周辺の虚空蔵寺では7世紀末、白山のふもとでは8世紀頃のものとみられる遺物が見つかっている」と指摘。いずれも山岳信仰が古来盛んだったことは確かだ。
平安時代以降大いに隆盛した山岳信仰は神仏習合の形をとってきたが、明治以後の神仏分離令で変容した。節目の年を記念して各寺社が企画する特別公開などは山岳信仰や神仏習合の歴史を知る好機となりそうだ。「登山客、旅行者で山の歴史を知っている人は少ない。山や寺院を訪ねるついでに日本ならではの自然観・宗教観にも興味をもってほしい」と大館住職は話している。
(村上由樹)
[日本経済新聞夕刊2018年4月16日付]
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