『心と体と』 謎めいた恋物語 静かな興奮
昨年のベルリン映画祭で最高賞を獲得したハンガリーの作品。静謐(せいひつ)な画面と、くっきりと美しい色彩で描きだすラブロマンスだが、中身の恋愛はかなり風変(ふうがわ)りなもので、そこはかとなく滲(にじ)みだすユーモアが捨てがたい。秀作である。
舞台はブダペストの食肉処理場。ここで管理職として働くエンドレは、一人暮らしの中年男だ。この職場にマーリアという若い女性が肉の品質管理者として入ってくる。マーリアは美人だが、人とうちとけず、それまでA級だった肉をすべてB級と判定して、同僚たちを呆(あき)れさせる。
そんなおり、牛の交尾促進薬が盗まれる。捜査担当の刑事はエンドレに、従業員全員の精神分析を提案する。派遣された精神分析医は色っぽい女性で、エンドレとマーリアが別々に行った夢の告白に仰天する。二人は牡鹿(おじか)と牝鹿(めじか)として同じ夢を見ていたのだ……。
冒頭の鹿2頭を追う映像からぐっと画面に引きこまれてしまう。鹿が空気のように自然な愛を共有していることが伝わってくるような、静かで美しい映像なのである。
2頭の鹿として同じ夢を見る男女という設定はまるでファンタジーだが、その突飛(とっぴ)な設定に徐々に確かなリアリティをあたえていく演出が見事である。
この謎めいた設定がどこに着地するかという物語上の興味が最後までサスペンスを持続させ、恋物語という以上の静かな興奮を映画にあたえつづけるのだ。
物語は、牛の交尾薬の犯罪捜査によって職場の人間関係のドラマを効果的に描きながら、最終的にヒロインの心の不思議さに焦点を絞りこんでいく。ある種の人間にとっては恋愛こそが最も理解の難しい心理であるという事実が浮かびあがり、ラストにはその困難を乗りこえる強い感動が待っている。イルディコー・エニェディ監督。1時間56分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2018年4月13日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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