須賀敦子　色あせぬ感性　没後20年、若き日の詩刊行

イタリア文学の翻訳やエッセーで今も愛読者の多い須賀敦子の没後20年を記念した出版が相次ぐ。注目は須賀が若き日に書いた44編の詩集と、愛読本の海外文学コレクションだ。

「ミラノ　霧の風景」でデビューしたのは61歳、亡くなったのは69歳の時だった。この間の著作はわずか5作。しかし、没後に全集や書簡集が刊行されるなど読者を増やし続け、その味わい深い文章は熱烈なファンをもつ。

そんな須賀が30歳の頃に自作した詩44編が昨年見つかり、3月、詩集「主よ　一羽の鳩のために　須賀敦子詩集」（河出書房新社）として刊行された。発見したのは「ユルスナールの靴」（1996年）や全集も担当した同社編集者の木村由美子氏だ。

木村氏は須賀が亡くなった後、遺族から遺品を預かった。ノートや手紙などを詰めた段ボールが約10箱。明らかに私的なものだと分かるものは詳細にあらためなかった。しかし、没後20年を控えた昨年、改めて遺品を整理したところ、手帳や切り抜きの間に和紙やタイプ用紙に書かれた詩が挟まっているのを見つけた。「生前、詩作について何も語っておらず、遺族も驚いていた」と木村氏は言う。

〈こんな/大きな都（まち）に/いつから　とぢこめられてゐたのかと/私のたましひは/はげしく　すゝり泣く。〉

〈主よ　一羽の鳩のために/人間　が　くるしむのは/ばかげてゐるのでせうか。〉

改行を多用し、旧仮名遣いで書かれているのが特徴で、カトリック信者として「神よ」と語りかける作品もある。創作期間は1959年1～12月。須賀がローマに留学して間もない頃で、後に伴侶となるペッピーノ氏と出会う直前だ。

生前の須賀と詩をテーマに対談した作家の池澤夏樹は「文学を愛する人は、詩でも小説でも一度は創作をしたいと思うもの。やはり詩を書いていたんだなと思った」と話す。「詩を読むと、自分は何者であるのか、恐る恐る前に進んでいく若い時期の、須賀さんのためらいが透けて見える。若々しく、みずみずしい詩は胸を打つ」

同社は6月、須賀の思想の核となった小説家や詩人らの著作を訳し下ろしで収録する海外文学コレクション「須賀敦子の本棚」（全9巻）の刊行も始める。聖心女子大の卒業論文として訳したウィラ・キャザー「大司教に死来る」の新訳などを収める。詩人で神父のダヴィデ・マリア・トゥロルドの戯曲「地球は破壊されはしない」の本邦初訳は詩とともに昨年新たに見つかった。

松山巌「須賀敦子の方へ」（新潮社）など親交のあった作家による関連本の刊行も相次ぐ。「須賀敦子の旅路」（文春文庫）を出した大竹昭子は、5月1～6日、東京の森岡書店銀座店でミラノ、ベネチア、ローマで撮った写真と、須賀の著作からの引用文で構成する写真展「須賀敦子のいた場所」を開催。同月中旬からは福岡でも開く。

「須賀さんは教養豊かで知的な半面、ダジャレ好きなおちゃめな面もあった。生前の彼女を知らない若い世代には、詩集を入り口に人柄がにじみ出たエッセーなどに触れてほしい」と木村氏は言う。詩集の購入者は20～30代が多く、初版8千部で早速重版も決まった。没後20年を経ても須賀敦子の魅力は色あせず、新たなファンも獲得している。

（近藤佳宜）

［日本経済新聞夕刊2018年4月9日付］