福岡の焼き鳥 柔らかな豚・牛の内臓をつまんで一杯
「ちょっとつまみながら、一杯飲みたい」。福岡県内でふらっと入りやすい店といえば、代表格は焼鳥店だろう。NTTタウンページに登録されている焼鳥店舗数は3月時点で1661軒。人口10万人あたりの店舗数は32.90店で、都道府県別でトップだ。
福岡市東区の筥崎宮近くにある本家藤よし。1949年に屋台から始まった、福岡で最も古い焼鳥店だ。メニューには「べんてん」「玉ひも」「ぺた」「ばら」……なじみのある部位が見当たらない。店長の尾形清昭さん(73)は「もともと不要だった部位を使ってるんですよ」と笑う。
総務省の家計調査(2人以上の世帯あたり)によると、2014~16年の福岡市内の鶏肉への年間平均支出額は1万8642円と、全国の都道府県庁所在市・政令市で1位。鶏肉の流通が盛んになったのは江戸時代中期ごろで、福岡藩内では特産品の卵を産む鶏や、流行していた闘鶏用の軍鶏(しゃも)が急増した。
福岡の食文化に詳しい日本経済大の竹川克幸教授によると「焼き鳥といえば、ももや胸など『身』しか食べていなかった」という。内蔵などは廃棄され、戦後まで料亭などで出る高級品だった。
戦地から引き揚げてきた多くの人々は港湾工事などで生計を立てた。彼らが仕事後の一杯を楽しむ場所が、現在の東区箱崎付近に並んだ屋台。本家藤よしを創業した故早川清一さんは当時、ほぼ無料で手に入れられた鶏や牛、豚の内臓を「焼き鳥」として提供。一気に広まり、高度経済成長期の労働者を支えた。
養鶏場や食肉加工場があった久留米市周辺でも同様の焼き鳥が浸透。1963年に開業した同市最古参の屋台では、豚の小腸や豚バラなどを提供していた。「現代用語の基礎知識」では、久留米やきとりの特徴について「豚、牛、鶏が混在したスタイル」と紹介している。どの内臓も思ったよりくせがなく、柔らかい。「しっかり下処理すれば臭みもなく、タレとも絡みやすい」(尾形さん)という。
焼き鳥の箸休めで添えられているキャベツは、福岡の大半の店が無料で提供している。64年創業の天下の焼鳥信秀本店の代表取締役、安岡英雄さん(78)が大阪の鉄板焼店で提供されていたソースキャベツにヒントを得て考案。「焼き鳥にはさっぱりとした酢だれが合う」と独自のたれを開発した。絶妙なたれキャベツは県内の焼鳥店主だけでなく、調味料メーカーの社員が学びに来るほどだという。
鶏だけでない独自の「焼き鳥」文化は、戦後を豊かに過ごすための福岡県人の知恵とひらめきの結晶ともいえる。
福岡の焼鳥店に入ると、見慣れない部位が多いと思う人もいるかもしれない。「ダルム」は小腸、「ヘルツ(はつ)」は心臓、「せんぽこ」は動脈、「タング(たん)」は舌――。実は医学用語が語源となっている。福岡市東区や久留米市には、九州大医学部や九州医学専門学校(現久留米大)があり、焼鳥店に足しげく通っていた医学生が、医学でよく使われるドイツ語で注文したのが始まりだった。医学に関係する商品名では、豚の耳を「聴診器」と呼んでいる店もある。
(西部支社 秦明日香)
[日本経済新聞夕刊2018年4月5日付]
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