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私の課長時代

ドイツで新拠点立ち上げ、民営化の経験生かす NTTコミュニケーションズ 庄司哲也社長(上)

2018/4/3 日本経済新聞 朝刊

日本電信電話公社が民営化され、日本電信電話(NTT)が誕生した(1985年4月)

■NTTコミュニケーションズの庄司哲也社長(64)は米国留学から帰国した1983年、日本電信電話公社(現NTT)の民営化プロジェクトに関わる。

民営化には国会での審議や民営化法案の可決が必要で、政治家や官僚との連絡・調整のため、正月休みをほぼ返上することになりました。1月2、3日に開催された箱根駅伝の様子を日比谷公園前の本社ビルから眺めていました。

民営化を経て90年代に入ると、世界では米通信大手AT&Tの寡占が進み、欧州の同業は強い危機感を持っていました。欧州の通信事業者が共同研究などで組もうとしたのがアジアで、NTTにも連携の申し入れがありました。

■新たな拠点となったドイツへの赴任が決まる。

人事部の課長補佐として海外駐在員の制度設計に関わっていました。当時、NTTの海外駐在員の処遇が日系企業の中でも手厚かったことから、待遇を見直そうとしていました。

しょうじ・てつや 77年(昭52年)東大経卒、日本電信電話公社(現NTT)入社。12年NTTコミュニケーションズ副社長。15年から現職。東京都出身。

反対する海外駐在員たちの声を押し切って実施を決めたところで、私のドイツ赴任が決まりました。新制度の適用第1号が私自身だったことは皮肉でしたね。

欧州勢との事業連携のため、ドイツとフランスにも拠点を広げることになりました。91年に赴任したドイツでは新拠点の立ち上げを命じられました。法人登記から全て手探りでした。

新たな拠点には日系企業の多かったデュッセルドルフを選びました。欧州に拠点を構えた当時、日本ではバブルが崩壊し、海外から撤退する日系企業が目立ちました。よく送別会を開いたものでした。

■民営化の経験が役立つ。

当時、ドイツの通信業界は激動の時代でした。ドイツ郵電省から通信分野を切り出し、95年にドイツテレコムとして独立することが決まりました。彼らは一足先に民営化したNTTに高い関心を持っていました。

ドイツは労使交渉が複雑で、東西に分断されていた人々を束ねる必要があります。統合したばかりとあって、偏った思想に労働組合が振り回されないよう、バランスを取るのに腐心していたようでした。

ドイツテレコムの人事制度の総責任者から「どうやって民営化のプロセスをスムーズに進めたのか、教えてくれ」と細かく聞かれました。労働組合、従業員の再配置などを英訳し、参考にしてくれました。

あのころ
1980年代、公共サービス分野にも競争原理を導入し、民間企業並みの品質のよいサービスを求める声が出てきた。行政改革の目玉として国鉄(現JR)、日本専売公社(現JT)、日本電信電話の3つの国営企業を民営化することで独占状態を解消することが決まった。

[日本経済新聞朝刊 2018年4月3日付]

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