復興支援で人気上昇 仙台せり鍋、苦みなく驚きの甘さ
春の七草である「せり」は、冬から春にかけた時期に出回る。宮城県は全国でもトップクラスの生産量を誇り、県民にとってはなじみの深い食材だ。そのせりが主役のせり鍋は、近年になって仙台市を中心に扱う飲食店が急増しており、仙台を代表する料理に"成長"している。
せり鍋は、せりを主役にした料理を作ろうと考えた居酒屋などが、せり農家とともに考案したとされる。鍋に入れる食材は店によっても異なるが、基本はせりとカモなどの肉だけだ。
仙台駅西口近くの居酒屋、いな穂はせり鍋草分けの店の一つ。16人で満席となる小さめの店だが、毎日20~30人前のせり鍋の注文が入る。厨房は店主の伊東一良さん(54)が1人で仕切る。
伊東さんの店での仕事はまずせりの水洗いから始まる。せりは水のきれいな湿地帯で育つ。そのため根の部分には多くの砂が入り込んでいる。開店準備では念入りに洗い、砂をすべて取り除く。葉や茎、根に切り分けられたせりを、カモ肉を入れたこだわりの出汁(だし)で食べる。
いな穂ではせり鍋を「せりしゃぶ」と呼んでいる。その名の通り葉の部分は2、3秒で、根の部分も20秒程度鍋に入れただけで食べるのが基本。使っているせりは有機栽培のもの。口に入れるとせりの独特の苦みはかすかに感じる程度。むしろ甘さが広がる。伊東さんは「煮すぎると甘さが失われてしまう」という。
せり鍋を有名にした代表格が14年前からせり鍋を提供しているという居酒屋、佗び助(わびすけ)だ。こちらもせりの根の部分は丹念に洗う。女将の山田美緒子さん(69)は「歯ブラシを使い毎日5~6時間は水洗いします」という。
せりは毎朝、産地である仙台市南隣の名取市まで仕入れに出向く。佗び助のせり鍋も入るのはせりとカモ肉だけ。豆腐や油揚げを追加できるが、「主役はあくまでせり。朝採れのせりは甘みがあり癖がない。せりの栽培には農家の苦労が詰まっている。その味を堪能してほしい」と山田さん。鍋の準備ができると、ゆで方を説明しながら手本を示す。煮すぎると味が落ちるというこだわりは共通だ。
せりは冬場がシーズン。いな穂や佗び助はまだまだせり鍋を味わえるが、春になるとせり鍋がメニューから消える店も多い。味に定評のある居酒屋、蔵の庄総本店も今年のせり鍋は2月いっぱいで終わった。蔵の庄も甘みを感じるせりが好評で、わざわざ東京などから食べに来る客も多いそうだ。
「せり」は古事記や万葉集にも記述があるほど、古くから日本人になじみのある食材。栽培には清らかな水が不可欠で、産地の名取市も名取川の伏流水を使って栽培される。収穫などは腰や胸まで水につかった状態で作業をしなければならない。
せり鍋は東日本大震災の復興過程で有名になった。被災地の応援という意味もあり、地元の名産であるせりを使った鍋が注目された。全国のマスコミなどを通して紹介されたほか、仙台出身の漫才コンビが話題にしたこともあって一気に全国区となった。
(仙台支局長 川合知)
[日本経済新聞夕刊2018年3月22日付]
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