エレベーター今昔 速さだけじゃなく、いずれ宇宙へ
普段当たり前に乗っているエレベーター。日本は高い技術で世界最速を競う。実はロケットに代わり宇宙に飛び出す構想まである。足元では東京五輪・パラリンピックに向け運用面での課題もある。
日本最古のエレベーターがあると聞き、日本三名園の「偕楽園」(水戸市)を訪ねた。
梅がほころぶ園内。水戸藩主の別邸「好文亭」にそれはあった。滑車から伸びるヒモでつるした小さな箱「配膳用昇降機」。なるほど、1階で調理した食事を箱に入れ、2階からヒモを引いて階段を使わずに上げたわけだ。
「ほう、たいしたもんだねえ」。観光客が感心しながら写真に収めている。設置されたのは江戸末期の1842年。釣り合いおもりがついた「つるべ式」と呼ばれる効率的な方法で、最新式でも使われている基本構造なのだ。
動力式の乗用エレベーターが登場するのは1857年。米ニューヨークのブロードウェイで採用された。日本初の電動式はその33年後の90年(明治23年)、東京・浅草に完成した12階建ての凌雲閣に東芝製が設置された。残念ながらこの歴史的建物は関東大震災で解体されてしまう。
明治以降、西洋式の近代建築が広がる。1926年に京都市の四条大橋のたもとに建った5階建ての洋館に、現存する日本最古のエレベーターがある。戦後、北京料理店「東華菜館」として再出発し、100年近くも動き続ける。
米OTIS製の重厚な外観は「これを見るために来る客も一日4~5人はいる」(フロア主任の三上康二さん)。電動だが、運転と蛇腹扉の開け閉めは必ず店員が行う。
戦後の復興が普及を後押しした。日本エレベーター協会の藤良典事務局長は「焦土と化した東京で当協会の前身が設立された。GHQからの指示もあり、都市再建の一翼を担う形でエレベーターは普及していった」と話す。
東京五輪後の68年、超高層ビルの先駆けとして東京に生まれた霞が関ビルを皮切りに高さ日本一の記録が次々と変わる。78年に東京・池袋のサンシャイン60が日本一になった時、三菱電機製のエレベーターは分速600メートルという当時の世界最速を記録した。
現在の最速は倍以上の分速1260メートル。時速だと約75キロメートルという信じがたい速さだ。中国広州市の超高層ビル(111階建て)の速度試験で日立製作所が17年に記録した。
その開発拠点の研究塔G1タワー(213メートル)がある日立の水戸事業所を訪ねた。不思議なことに、茨城県にはエレベーターの最古と最新が同居している。
タワー内の試験を見て驚いたのは、目の前を猛スピードでカゴが通過しても風圧も騒音もほぼ感じないことだ。一瞬で視界から消える。
主管技師の安部貴さんによると「技術的にはさらに速くできるが、気圧変化による耳詰まりに耐えがたくなる」という。今後の課題は「人の動きを予測していかに賢く運用するかという効率性と快適性の追求」(安部さん)だ。
エレベーターは建物内の移動をより速くすることを目指してきた。ところが、この常識を覆す新しい構想が生まれている。それが「宇宙エレベーター」だ。12年に大林組が建設構想を発表した。
地球と月の距離の約10分の1の上空3.6万キロメートルの宇宙空間にあるターミナル駅と地上をケーブルで結び、人や物資を乗せたカゴを往復させる。SFのような構想に現実味を与えたのが日本の科学者が発見したカーボンナノチューブという軽く強い新素材だ。このケーブルを使えば大気圏を突き抜けるエレベーターが理論上可能だという。
同社は総工費を10兆円と試算し2050年の完成を目指す。宇宙太陽光発電により資源問題が解決し、家族で宇宙旅行の計画をする日常が待っているかもしれない。
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駅、車いす対応に課題
車いすの人にとって、エレベーターは「便利」というレベルの存在ではない。ユニバーサルデザインのコンサルティング会社ミライロ(大阪市)で講師を務める岸田ひろ実さん=写真=は「どこで講演するときも、あるかどうかをまず確認する。なければ行けないこともあります」と話す。
実は日本の鉄道駅はバリアフリー化が進んでいる。1日平均利用者が3千人以上の駅でエレベーターの設置などで段差が解消されている駅は、JR、民鉄、地下鉄合わせて全体の約94%(2017年)。「間違いなくハード面では世界トップ」と岸田さん。
問題は運用だ。ボタンの位置が高い。ドアが閉まる時間が短い。後ろ向きで降りるための鏡がない。案内は床にあると見やすい。「東京パラリンピックに向け、ソフト面でも世界に評価されたい」。そう願う人は多い。
(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2018年3月17日付]
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