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私の課長時代

興銀から転身 GE・日産・日本電産で経営力磨く ルネサスエレクトロニクス社長 呉文精氏(下)

2018/3/13 日本経済新聞 朝刊

カルソニックカンセイ社長時、東日本大震災で被災した工場に駆け付けた呉氏(前列右から3人目)

■ルネサスエレクトロニクスの呉文精社長(61)は43歳で日本興業銀行(現みずほ銀行)を退職した。

 自分の信念を貫くことが大切だと思っています。組織の中で周囲を忖度(そんたく)するより、自分で針路を決められる経営者を目指しました。当時、ジャック・ウェルチ氏率いる米ゼネラル・エレクトリック(GE)が「経営力」で勝負している企業として輝いて見えたので、GEの金融子会社、GEキャピタル・ジャパンに転じました。

 GEには経営者育成の仕組みがあります。指揮者として、バイオリン奏者やトランペット奏者を調和させてオーケストラ全体で美しい音色を奏でるわけです。人事と経理、経営企画がちぐはぐではいい音は出ません。管理職として、営業や生産、開発といった様々な部署を協調させる手法を学びました。

■GEグループを経て、カルソニックカンセイ社長に就任する。

 GEが金融部門を縮小し、アジアでは中国を重視し始めた時期でした。日産自動車が経営陣の強化を模索していることを知り、転職を決めました。最終面接でカルロス・ゴーン氏にGE流の経営を生かしたいと訴え、再建を任されました。

 印象深かったのが東日本大震災です。カルソニックの栃木県や福島県の工場が被災しました。危機管理本部長として本社に詰めながら情報収集と取引先対応に明け暮れました。10日後にようやく各工場を回り、現場社員一人ひとりと言葉を交わしました。

 社員たちは「このままでは世界中の車造りが止まる」と、自主的にサプライチェーン維持に尽くしてくれました。仕事への誠実さを尊敬するとともに「現場の汗を絶対に無駄にしない」と心に刻みました。

■日産の常務となるはずが、日本電産副社長に電撃移籍した。

 カルソニックではゴーン氏から合理的な経営手法を学びました。日本電産の永守重信氏の創業者の情熱には圧倒されました。いかに大企業病を排するかなど経営者として引き出しを増やせたと思います。

 産業革新機構から声が掛かり、ルネサスの経営を任されました。半導体産業はシリコンを原料に電子回路の「頭脳」をつくる付加価値の高いビジネスです。当社は日本企業として、ロジック半導体の最後のとりでです。日本にこの重要な産業を残すために自分が学んだ全てを懸けています。

あのころ
 東日本大震災は自動車産業のサプライチェーンに深刻な影響を及ぼした。ルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)も操業停止となり、世界の自動車工場が生産をストップした。日本自動車工業会が同工場に応援を派遣し、3カ月後には生産を再開した。

[日本経済新聞朝刊 2018年3月13日付]

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