転ばぬ先のステキな杖 こだわりの1本で外出楽しく
使い始めの目安は「階段に不安」
使った方がよいと分かっていても、「年寄りくさい」などととかく敬遠されがちな杖(つえ)。最近は素材やデザインが多様化し、ファッションの一部としてアクセサリーのように使いこなす人が増えてきた。ただ、正しい持ち方や使い方を知らないと、かえって転倒などを招くことも。杖の効用や安全な使い方を探った。
イオン葛西店(東京・江戸川)の3階にある杖の専門店「ステッキ工房ファンタステッキ」。約63平方メートルの売り場に常時11ブランド、約300本が並ぶ。アルミや天然木、カーボンなどの素材やデザインは1本ずつ異なり、価格も5千円から20万円近くと幅広い。
同店のステッキコンシェルジュ、石井美代子さんは色や重さ、用途など顧客の好みを聞いて、最も似合う杖選びを指南する。「気に入った一本が見つかると皆、顔がパッと明るくなる」。握力の弱い人にはカーボン製を薦めつつ「軽いので強い風に飛ばされないよう注意して」と助言する。
売れ筋は携帯に便利な折り畳み杖。「友達との旅行で迷惑を掛けたくない、と買い求める高齢者が多い」(石井さん)。服装に応じて複数の杖を使い分ける人も増えているという。
スキーストックや杖を製造販売するシナノ(長野県佐久市)によると、70代の男女には派手なヒョウ柄やアイビールック調など彼らが若い頃の流行デザインの杖が人気という。「目の肥えた世代を意識し、外出が楽しくなるような杖作りを目指している」と営業部デザイン担当の片桐修征氏。グリップに柔らかい発泡ゴムを採用し、指をかけるネック部を細くして持ちやすくするなど工夫を凝らす。
「素敵屋Alook(あるく)」(千葉県船橋市)はポリカーボネート製の透明なパイプにリボンやビーズ、造花などを詰めた独自開発の杖を販売する。パイプに入れるパーツは35種類あり、詰め替えが可能だ。
「若い人にも利用が広がっている」と小倉恵美子代表。病気で杖が手放せない30代女性は、小学生の娘から杖を持つ姿をはずかしいと言われて悩んでいた。同社の杖を使うようになり、娘が「ママ、かわいい」と喜んで一緒に出歩くようになったという。
多様な杖が手に入るとはいえ、杖デビューをためらう人はまだ多い。医師で日本転倒予防学会(東京・中央)の武藤芳照理事長によると、変形性関節症などで足が痛む人に杖を薦めても「そんな年寄りではない」「人目が気になる」などと拒む人が少なくないという。
早めに杖を使えば、痛みが軽減し、転びやすい状態を防げる。「杖は転倒予防に最適な道具。その効用を理解して」と力説。細かい文字が見づらくなって眼鏡をかけるのと同じ感覚で、杖を使ってほしいという。
使い始める目安は「片足立ちでバランスが取りづらくなったり、下り階段が不安になったりした時」(武藤理事長)。右膝が痛いのに杖を使わず歩いていると、左腰や右肩にも負担がかかる。転倒は骨折に加え、脳挫傷など頭に大けがを負うリスクをはらむ。厚生労働省の人口動態統計によると、2016年の転倒・転落による死亡は8030人と交通事故の5278人を上回る。
杖を選んだら、正しい使い方を守ろう。「大半の人は『痛い足をかばうために同じ側で持つ』と誤解している」と武藤理事長は指摘する。杖に体重を分散させるため、左脚が痛い人の場合は反対側の右手で杖をつくのが正解だ。
100円ショップでは杖を一本150円で販売している。ヒルトン東京(東京・新宿)内にある専門店「ステッキのチャップリン」には南米ギアナ産のスネークウッドで作った240万円の杖もある。相棒になる一本が見つかれば、より安全に、楽しく歩けそうだ。
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2本持ち 全身運動に
1本より安定感が増すと最近人気を集めているのが「2本杖」。ウオーキングポールとも呼ばれ、「じわじわ浸透している」(ファンタステッキの石井さん)。
埼玉県志木市は2014年から講習会を開いたり、同好サークルのリーダー育成に取り組んで市民の健康増進に役立てている。保健師で同市健康政策課の清水裕子副課長は「足と合わせて4点で体を支えて歩くと歩幅が広がり、歩行速度も上がる。背筋が伸びて姿勢が良くなるうえ、腕や肩甲骨など上半身も使うので、全身運動になる」と話す。
定年後の男性が地域参加するきっかけになり、医療費削減効果が出ているそうだ。5月20日には4回目の「ノルディックウォーキング・ポールウォーキング全国大会」を市内の公園で開催。昨年の参加者は1054人と初回の約2倍に増えた。
(竹沢正英)
[日本経済新聞夕刊2018年3月7日付]
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