いわさきちひろ生誕100年 優しさに漂う生の強さ
にじむような淡い色彩で子供を描いた、いわさきちひろ。今年はその生誕100年にあたる。優しげな画風の背景にあった思想や創作の裏側を、現代の美術家らが展覧会などで探っている。
2月中旬、東京都内で現代美術家の大巻伸嗣が幅6メートルを超える透明なアクリル板と向き合っていた。白い修正液で花の絵を描く。その水分が乾ききる前に水晶の粉を載せる。すると立体感のある作品が生まれる。
ちひろ美術館・東京(東京・練馬)で3月1日から開かれる「Life展」に出品する新作だ。約1年の間に東京と長野県にある2つのちひろ美術館で開催され、写真家の石内都や詩人の谷川俊太郎ら7組の作家が、いわさきちひろから着想した作品を披露する。
平和運動に熱意
東京のトップバッターを務める大巻の新作は壁画のように立てて設置され、裏から照明をあてる。描かれた植物の影が床に揺らぎ、鑑賞者を幻想的な空間に誘いこむ仕掛けだ。
「実はこれらの植物は戦火で焼かれた死体をイメージしている」と大巻はいう。植物の影には、美しさと悲しさがある。その中に鑑賞者が立つことで「我々が今いる場所は、戦争や災害の歴史の積み重ねの上にあることを感覚的に体験してほしい」と話す。
平和運動に熱意を持っていたちひろには、広島で被爆した子供たちの体験談に絵を添えた「わたしがちいさかったときに」(童心社)という作品もある。この絵本に刺激を受けたという大巻は、ちひろの絵を「かわいいだけではない。もろさやはかなさ、一瞬の生を見つめる強さが漂う」ととらえている。
同じ頃、長野県ではアートユニットのplaplaxが安曇野ちひろ美術館での「Life展」(3月1日から)で公開する作品の制作に取り組んでいた。画材に触れると絵が浮かび上がったり、鑑賞者が足を踏み入れると、まるで筆を置いたように足元に赤や青、黄色などの色がにじむ展示室を企画する。
メディアアートを得意とするplaplaxは当初、ちひろの絵をアニメのように動かそうと考えた。しかし、柔らかくにじんだ絵は輪郭があるようで、ないため、動画にするのは難しいと気づいたという。
ちひろは紙などに絵の具を垂らし、そのにじみ具合や色合いを追求していたという。一方で「絵を反転させて使うことを編集者に許すなど、最後は他人に委ねるおおらかさもあった。作り込む姿勢とのバランス感覚に感嘆する」(plaplaxの近森基)。
評伝も長男が刊行
生涯を振り返った評伝「いわさきちひろ」(講談社)も昨秋刊行された。著者である長男の松本猛は、あまり語られてこなかった父親の影響を指摘する。若い頃に海軍で世界を巡り、欧州文化を好んだちひろの父は、文部省美術展覧会(文展)にも足しげく通う人だった。松本は「父の下で、ちひろは芸術的な素養を身に付けた」と語る。母に直接聞いた話から、デザイナーの中原淳一や長沢節とも交流があったとみる。
東京ステーションギャラリー(東京・千代田)で7~9月に予定される企画展「いわさきちひろ、絵描きです。」は、絵本作家というイメージにとどまらない画家としての多様性や技術に注目する。上に掲げた油彩画は「暗くなりがちな油絵の具を使いこなし、後の水彩画を特徴づける優しげな印象をうまく引き出している」と担当学芸員の成相肇。展覧会では紙芝居、ポスターなどを集め、人気のある水彩画と比較しながら画家への理解を深めてもらいたいという。=敬称略
(文化部 岩本文枝)
[日本経済新聞夕刊2018年2月26日付]
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