神社が真っ二つ? 身近にある境界の不思議信仰・税収からむ、人間くさい線

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私たちの暮らしは目に見えない境界線で囲まれている。自治体の境界がどう引かれるかは地域の信仰や税金収入にも密接に関わる。境界を巡る不思議を追ってみた。

滋賀県の約6分の1を占める琵琶湖。この巨大な湖には10年前まで沿岸自治体の境界線がなかった。どこの市町にも属していなかったのだ。

話し合いを重ねて沿岸10市4町(現在は合併により10市)に「分割」されて自治体面積に組み込まれたのは2007年。湖岸や湖上の島から等しい距離で境界を定める「等距離線主義」に基づいて境界を確定した。この結果、例えば彦根市は琵琶湖面が加わったことで面積が倍増した。

狙いは税金収入だ。国から自治体に入る地方交付税は、人口や面積に基づき算出されるため面積が増えれば税収も増える。16年度の交付税は10市全体で約3億1千万円増えた計算だ。10市はこのうち約5700万円を琵琶湖の水質浄化や子供たちの環境教育費として毎年拠出している。

滋賀県総務部市町振興課の高木克久主幹は「琵琶湖の環境保全は県の仕事なので、県のコスト減にもつながった。各自治体が使える税収も増え、境界を引いたメリットは地域住民にも大きい」と話す。

青森県と秋田県にまたがる十和田湖や茨城県の霞ケ浦などでも、地方交付税の増額を背景に未確定だった沿岸自治体の境界が決まった。湖上に目に見えない線を引くことで各地は税収増加で潤った。

水面の境界を引きにくいことはわかる。東京湾の埋め立て地を巡る東京都江東、大田両区の帰属争いは、東京五輪後の利害対立も絡み17年に法廷闘争に発展した。ところが、陸地でも境界を巡り対立することがある。山頂にある神社など信仰に絡むケースだ。

有名なのは静岡県と山梨県にまたがる富士山の山頂。8合目より上は富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)の所有となっているが、行政上はどちらの県でもないのだ。こうした都県にまたがる境界未定地は全国に14カ所もある。

信仰を巡り変な境界線になったのが福島、山形、新潟の3県境だ。ネットの地図検索で3県境付近を拡大していくと、飯豊(いいで)山頂付近まで7キロメートル以上も細長いヒモ状に福島県が山形と新潟の県境に割り込む形で伸びている。飯豊山は福島県にある飯豊山神社の奥の院に当たるとして新潟県と紛争になったが、明治時代に福島県の帰属ということで決着した。

これとは逆に県境で神社が真っ二つになった例もある。

長野県の軽井沢駅から旧軽井沢の商店街を抜けて山道を上った旧碓氷峠に全国でも珍しい神社がある。

階段を上ると、門の下に左に長野県、右に群馬県と書いた表示がある。長野側が熊野皇大神社、群馬側が熊野神社と分かれ、宮司も2人、社務所やさい銭箱も2つある。戦後、都道府県ごとに宗教法人の登記がされることになり、元は1つの神社が県境を挟んで分かれた。

熊野皇大神社の禰宜(ねぎ)、水沢貴文さんは「例祭や修理費の分担など煩わしいことも多く、本当は境界なんてない方がいい」と本音をもらす。ただ「神社の個性を出したい」と今年の正月から「境界御守」を売り出した。「自分の限界を乗り越えろ、という願意を込めて自分でデザインした」そうだ。

このお守りの公認を求められたのが「境界協会」だ。主宰する日本地図センターの小林政能編集室長は「喜んで公認させてもらった」と話す。

街中を歩くと境界を示す境界標を見かける。境界標が接しているものを「キスマーク」と呼ぶそうだ。歩道やガードレールのデザインが変わる「見える境界」も。小林さんは「境界線は地図上はただの線だが、実はとても人間くさいところが面白い」という。

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境界は紛争の火種にも

エルサレムの「嘆きの壁」

境界を巡る争いで深刻なのがエルサレムの帰属問題だ。トランプ米大統領が選挙公約通り、2017年12月にイスラエルの首都と認定。イスラエルと対立するパレスチナ側の激しい抗議活動を誘発し、死者も出ている。

背景にあるのはやはり信仰だ。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地。イスラエルが首都と宣言し、パレスチナ人も将来の独立国家の首都と主張する。

境界協会の小林政能さんに感想を聞くと「日本は平和だからこそ撃たれることもなく境界の上を歩ける」と答えた。境界は人間が便宜的に引いた線に過ぎない。「地球から見れば境界は傲慢な線。そのおこがましさを常に意識していたい」

(大久保潤)

[NIKKEIプラス1 2018年2月10日付]