出世ナビ

私の課長時代

新店の開発、30歳で切り盛り 直前にフロア入れ替え パルコ社長 牧山浩三氏(上)

2018/2/6 日本経済新聞 朝刊

大型店の名古屋パルコ(写真は2012年)

■パルコの牧山浩三社長(59)は入社8年目の1988年、調布パルコ(東京都調布市)の開店準備室に異動した。

 新店立ち上げを任されました。テナントの誘致、エスカレーターの場所や動線をどう作るか、幹部への進捗状況の説明などあらゆる仕事が対象です。それまで売り場の改装には携わりましたが、全部を手掛けるのは初めてでした。

 準備室のメンバーは10人程度。私は30歳で肩書こそないものの上から4人目。上司はパルコに中途入社したばかりで、実務はほぼ私一人で切り盛りせざるを得ませんでした。会社からの命令は「(開業を)とにかく急げ」。2~3年目の若手にも指示を出し、てんてこ舞いでした。

■テナントの誘致交渉に尽力する。

 婦人靴で大手の有名チェーンを誘致しようと試みるも、既に旗艦店の渋谷パルコに入っているなどの理由で断られました。他の靴店と交渉するも上司にダメと言われ、再度本命の靴店にアタックすることになりました。何度も足を運び、ようやく口説き落として幹部に報告すると、「あの靴店のオーナーはワンマンだからな。(オープンまで)しっかりやれよ」。笑いながらも喜んでくれました。

 開業が間近に迫っているという時期に、フロア構成にも注文が入りました。もともとは2階が若者向け、3階が婦人向けの予定でしたがシニアに配慮し、これを入れ替えることにしたのです。「この場所だから出店した」というテナントの声もあり、頭を下げて再度交渉し直しました。

■当初の開業予定に比べ1カ月以上遅れの89年5月、開業した。

まきやま・こうぞう 81年(昭56年)慶大法卒、パルコ入社。08年取締役兼専務執行役。11年から現職。大阪府出身。

 集客が見込める春休みに間に合いませんでした。ただ、通年では好成績を収めることができました。

 開業日はこれまでの苦労が報われ、従業員はみな目を潤ませていたのを覚えています。あまりの盛況ぶりに売り上げを確認するのに手間取り、結果が判明するのに3日間かかりました。バブル期だったこともあり、初年度に売上高185億円と好調でした。

 新店は社運を賭けたプロジェクトですが、割と自由にやらせてもらえました。というのも、調布パルコ開業の翌月に、中部地区の大型店となる名古屋パルコの開業が控えていたためです。本社は名古屋の開店準備にかかりきり。調布は主に現場に任せてくれました。結果として、店作りを学ぶ良い機会を得られました。

あのころ
 1980年代は東京・吉祥寺や熊本など7店舗を開業。セゾングループの中核企業として全国展開した。劇場やライブハウスも手掛けるなど早くから「コト消費」を打ち出した。著名ミュージシャンが米国のハドソン川でスーツ姿で泳ぐCMなど斬新な広告でも注目を集めた。

[日本経済新聞朝刊2018年2月6日付]

「私の課長時代」記事一覧

出世ナビ新着記事

ALL CHANNEL