トランスジェンダー映画相次ぐ 繊細に、力強く描く
トランスジェンダーを描く映画の公開が相次ぐ。出生時の性に違和感を抱く人々の生き方を繊細に、力強く描く。多様性を認め合う社会への道は険しいが、果敢に前進する姿が胸を打つ。
主人公は体が女、心は男の16歳のトランスジェンダー。母は恋多きシングルマザー。祖母はパートナーと暮らすレズビアン。公開中のゲイビー・デラル監督「アバウト・レイ 16歳の決断」は、そんなニューヨークの3世代家族の物語だ。
男の子として生きたいレイ(エル・ファニング)は16歳になり、ホルモン治療を希望する。女の子だったころの自分を誰も知らない学校に転校して「本物」の人生を始めたいのだ。
治療のためには両親の同意書が必要。レイの理解者である母マギー(ナオミ・ワッツ)もさすがに心が揺れる。さらに面倒なのは、ずっと連絡していない元夫のサインがいることだ。
「本物」巡り葛藤
同性愛者として社会の偏見と闘ってきた祖母ドリー(スーザン・サランドン)は、孫の気持ちがわからない。「なぜレズビアンじゃダメなの?」「なぜ普通がいい? 本物を目指さない?」と問う。レイは「本物」を目指しているのに……。
社会的に少数者である3世代の意識の差異がくっきりと浮かび、反発心と寄り添う心が繊細に描かれる。
英国人のデラルは「問題提起の映画を作るというより、色々な問題にチャレンジする家族の物語を作りたかった」という。祖母、母、子はそれぞれが未知のものを知り、受け入れていく。
「私自身シングルマザーだから、独りで問題に立ち向かう母親を描くことに興味があった。そしてお互いがサポートしあうために寄り添うコミュニティーを描きたかった」とデラル。LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)を取り巻く環境については「受け入れる方向へ変わりつつあるが、差別はまだ多い。支援も不足している」ときっぱり。
「グロリアの青春」で知られるチリのセバスティアン・レリオ監督の新作「ナチュラルウーマン」(24日公開)は、トランスジェンダーへの根強い偏見にあらがって力強く生きるヒロインを鮮烈に描きだす。
サンティアゴでウエートレスをしながらクラブで歌うトランスジェンダーのマリーナは、会社を経営する初老の恋人と暮らす。ある夜、2人のアパートで恋人が倒れ、動脈瘤(りゅう)で急死する。
最愛の人を失ったのに、周囲の目はマリーナに冷たい。医師も警官も色眼鏡で見る。性犯罪を疑う女性刑事は屈辱的な身体検査を課す。恋人の遺族には侮辱され、葬儀への参列を拒まれる。アパートを追い出され、愛犬を奪われ、痛ましい暴力を受ける。それでもマリーナは前に進む……。
マリーナを演じたのはチリで活躍するトランスジェンダーの歌手で俳優のダニエラ・ヴェガ。レリオは脚本執筆のためにダニエラに1年ほど取材し「彼女こそがマリーナだ」と気づき、主演に抜てきした。「この映画はダニエラという実際のリアルな人物と彼女が持ち込んだものを描いたドキュメントだ」とレリオ。
多様性こそ豊かさ
ダニエラは「マリーナは尊厳、粘り強さ、反抗心をもち、前に進むと同時に、愛する人を悼む人だ」と語る。「差別された経験、愛した経験、別れた経験は、LGBTに限らず、どんな人にもある。だから多くの人が共感してくれた」とも。
そこにはトランスジェンダーであるダニエラ自身の強い信念も反映している。
「人間は一人ひとり違う。多様性こそが人間の豊かさだ。それをよしとしない人がいるのは確かだが、みなが違うことがわかれば、心の中は自由でいられる」
「多様性ある社会に必要なのは法の下の平等だ。(少数者の)権利が守られなければ、安心して生きられない。芸術の役割は社会で問題が起こる前に、真剣な問いを投げかけることだ」
日本はどうか。小野さやか監督のドキュメンタリー「恋とボルバキア」(公開中)は現代日本の性別違和の人々を追う。ホルモン治療を受ける人、受けない人。レズビアンとのカップル。妻子を愛しながら女装を再開した人……。6人の性の揺らぎは様々で、生き方も様々だが、それぞれの葛藤と恋心の切実さはひしひしと伝わる。この映画も繊細で、力強い。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2018年2月5日付]
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