アート&レビュー

映画レビュー

『苦い銭』 中国の現実、人間の素顔

2018/2/2付 日本経済新聞 夕刊

 21世紀中国におけるドキュメンタリー映画の極北を切り開いてきたワン・ビン監督の新作である。

東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで3日公開(C)2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

 舞台は上海の近くにある浙江省の織里(ジィリー)。おびただしい数の衣類加工工場が密集し、子供服の生産は全国の8割近くを占める。中国の経済発展のモデルとされる町である。

 映画は、この町をめざしてはるか2200キロ離れた雲南省から出稼ぎに行く16歳の少女を描くところから始まる。家族との団欒(だんらん)のなかで、これから始まる出稼ぎ生活への不安と興奮が示されるが、ぴんと張りつめた肌と血色のよい顔には、中国を支える若い人の希望が見えている。

 だが、その希望は早々に裏切られる。織里に向かう20時間の列車の旅は、すでに疲れ切って車内でぐったりと伏して眠る人々ばかり。そして、少女と一緒に就職した少年は、毎日の苛酷(かこく)な12時間労働に耐えられず、早くも故郷に帰る。

 本作は記録映画だが、ベネチア映画祭では脚本賞を受賞している。主人公を1人に限定せず、初めにヒロインのように見えた少女から、同じ工場で働く労働者たちへと次々に視点が移動していく。ごく自然に話題を転換し、物語をつないでいくその巧みな構成に脚本賞があたえられたのだ。

 カメラは登場する人物たちを追って、彼らの生活の隅々に同行し、信じられないほどプライベートな出来事を描きだす。人はいいがマルチ商法に色気を見せる男。その同室に暮らし、仕事に不満で酒びたりの男。若い男の誘いに乗りたいが怖くて遊びに行けない娘たち。なかでも圧巻は、縫製工場で働く妻と雑貨屋を営む夫の激しい夫婦喧嘩(げんか)だ。滑稽かつ残酷に人間の素顔が浮かびあがる。

 中国社会の底知れない現実を抉(えぐ)るとともに、どこにいても人間はみんな同じさというしたたかな感覚も滲みださせる力作である。2時間43分。

★★★★

(映画評論家 中条省平)

[日本経済新聞夕刊2018年2月2日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…

【関連キーワード】

ドキュメンタリー映画中国

アート&レビュー

ALL CHANNEL