コバルト文庫創刊40年 女性の理想の居場所描く
少女小説の代名詞ともいえる集英社「コバルト文庫」が創刊40年を超え、女性の理想を映し続けた歴史をたどる書籍が刊行されている。今年は代表的な作家の名を冠した文学賞も誕生した。
1976年に「コバルト文庫」がシリーズ化された頃、ラインアップは小説だけでなく体験記や詩集など、様々だった。「少女小説のコバルト」になるのは「なんて素敵にジャパネスク」の氷室冴子氏らが活躍する80年代からだ。
タフに新作量産
「とにかくタフ。主人公がタフ。作家もタフ」。昨年末に刊行された「コバルト文庫40年カタログ」(集英社)の著者、烏兎沼(うとぬま)佳代氏は特徴をこう表す。逆境にめげないヒロインの物語を、作家がパワフルに量産したということだ。この本の編集者、宇田川晶子氏は「登場人物のキャラクターで読者をひきつける独特の文化ができた」と語る。
コバルト編集部に94~98年に在籍した宇田川氏は「86年に男女雇用機会均等法が施行され、女たちよ、がんばろうという雰囲気が世の中にあった」と振り返る。「前向きでタフな主人公は、女性たちが求めていた姿」だ。とはいえ「時代を計算して本を作ったわけではない。新しいこと、楽しいことをやっただけ」。
計算のない挑戦こそを強みと見ることもできる。「コバルト文庫で辿る少女小説変遷史」(彩流社)を出した社会学者の嵯峨景子氏は「90年代はファンタジーが流行したが、けん引役となった前田珠子氏が書き始めた頃は冒険的な試みだった。コバルトには、新しいことに挑む度量があった」と評価する。この頃は月に10点もの新作が出て、ヒットした作品がトレンドとなっていった。
作家を育てる機能も担った。コバルト文庫で活躍し、後に直木賞を受賞した唯川恵氏は「デビュー翌々年には300枚の長編を年4回。量産で鍛えられ、読み手を意識することを徹底して教えられた」と語る。
「コバルト出身作家には物語を読者に手渡す力がある」と烏兎沼氏。ほかにも山本文緒氏、角田光代氏といった作家を輩出した。ミステリー作家として著名な赤川次郎氏も人気シリーズを持つ。90代の今もベストセラーを出す佐藤愛子氏にも7冊のコバルト文庫作品がある。
今やほかにも文庫小説のレーベルは多く「ライトノベル」などと呼ばれる。集英社では、恋愛ファンタジー以外は「オレンジ文庫」に収められるようになった。多様化の中で、コバルト文庫の出版点数は月2点ほどに減った。読者層は、少女時代のファンが読み続け、30~40代が中心に。主人公のキャラクターも「戦う少女」から男性に守られる女性が増えていった。長引いた景気低迷により保守的になった恋愛観が背景にあるといわれる。
大人癒やす存在に
現在のコバルト編集部編集長、手賀美砂子氏は「結婚して、安定した愛と身分を得た女性が特殊な能力を発揮する、守られるだけでは終わらないファンタジーに人気がある」と説明する。
コバルトは少女のための小説から、大人の女性が持つ少女の部分を癒やす存在として機能しているようだ。嵯峨氏は「女性の居場所となる新作を出すとともに過去にも光をあてて、絶版になった作品を若い読者が手に取れるようになれば」と期待を込めた。
氷室冴子文学賞 没後10年で創設
今年はコバルト文庫のヒットメーカーだった氷室冴子氏=写真=の没後10年にあたる。それに合わせ、出身地である北海道岩見沢市の有志が新人作家を発掘する「氷室冴子青春文学賞」を創設した。実行委員会の木村聡代表は「地域の宝のひとつとして、氷室さんの功績をたたえたい」と語る。
審査員には、氷室氏とともに「コバルト四天王」と呼ばれた久美沙織氏や、直木賞作家の辻村深月氏らが名を連ねる。少女小説賞ではなく、青春文学賞としたのは「若者の心に訴える物語を幅広く発掘するため」(木村代表)だ。3月15日まで作品を募集している。
(文化部 桂星子)
[日本経済新聞夕刊2018年1月29日付]
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