人生100年時代、未来の食は宇宙食?
プリンも洋食も 柔らかくおいしく
人生100年時代だという。その折り返し地点を過ぎたばかりの記者(54)は考えた。仮に100歳まで生きるなら、あと50年近く食べ続けることになる。今後、自分は何を食べていくのか。未来の食の風景を探った。
厚生労働省の調査では2017年に100歳以上の高齢者は全国で6万7824人に上り、20年間で6.7倍に。国立社会保障・人口問題研究所は25年に13万人強、50年には53万人に上ると予測する。人口減でもお年寄りは増え続け、シニアの嗜好に社会全体が影響を受ける可能性が高い。ではどんな食べ物が支持を集めていくのだろう。
「大人用の粉ミルクがヒントになるかもしれませんよ」。森永乳業の担当者がこう耳打ちした。赤ちゃんの時、お世話になった粉ミルク。今では大人向けにカルシウムやビフィズス菌といった栄養成分を多く配合した商品が出回っている。かまずに栄養を効率的に摂取できる。
代表的な味わい方である1回あたり100ミリリットルの水に大さじ3杯を入れて溶かして毎朝飲んでみた。さっぱりとした味でほのかな甘みがある。ビフィズス菌の効果だろうか、日々の通じが改善された。20、30年後に一人暮らしになったとき、健康を支えてくれると思い至った。
記者は介護の現場を取材することが多い。プリンやゼリー状の食べ物を口に運ぶお年寄りをよく見かける。プリンを製造する日清オイリオグループを訪ねると「エネルギー補給プリンのことですね。現在は介護施設など販売先は限られていますが、近い将来、通常食として認知され、コンビニエンスストアで取り扱われますよ」と健医食営業部長の森川聡さんは予言する。
ぶどう味とみかん味を食べた。かまずに済み喉越しもいい。いずれも濃厚な味わいでおいしい。1個で110キロカロリー補給できるとあって腹持ちもよい。「宇宙食だと思えば冒険心をくすぐりますよ」と森川さん。さっそく自身の「未来の食リスト」に記入した。
粉ミルクにせよプリンにせよ頼りになる食品だが何かが足りない。思案の結果、気づいた。見た目のおいしさだ。
浜松市内のレストラン「食楽工房」がこの課題を解決してくれた。オーナーシェフの古橋義徳さん(66)はかむ力が衰えた人向けに、洋食を普通に調理したうえで、ミキサーにかけてペースト状にしトロミ剤を混ぜて見た目を通常食のように再現する。手間暇かかるがこうした飲食店は各地で増えているらしい。
店を訪ねコース料理を注文した。オードブルからデザートまで色鮮やかで美しい。食欲がわき主菜のカニクリームコロッケを口にする。
やわらかく歯応えはいまひとつだが、口から鼻にかけてカニの香りが抜けた瞬間、本当においしいと感じた。
古橋さんは言う。「あと20年は頑張る。後継者も育てる」。老後を温暖な浜松で暮らし、たまのぜいたくに古橋さんらのお世話になるのも悪くない気がした。
未来に希望を見いだした矢先、2049年の世界を描いた映画「ブレードランナー2049」を鑑賞して落ち込んだ。気候変動で食糧難となった米国では遺伝子組み換え技術で育ったたんぱく質が豊富な幼虫を食べていたのだ。
記者は昆虫食を試した経験がない。虫そのものを食べるのはつらい。そんな未来が訪れたらせめて加工食品の原材料にしてほしいと願った。
昆虫食は別として、今見える未来の食はかまずに済む効率的なものが多そうだ。だが日本歯科大学教授の菊谷武さんは警告する。「食事の基本はかむこと。かまずに栄養を取るのは補助的な食事です」
可能な限り歯を大事にして、食べ物を砕き、舌の上でまとめて喉に運ぶ生活習慣を続けるのが、人生100年時代の理想像なのかもしれない。さて、できるだろうか。
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粉ミルク、売れ行き好調
現在、高齢者向けの食品でホットな商品は粉ミルクだろう。森永乳業、雪印ビーンスターク(東京・新宿)、救心製薬(東京・杉並)などが販売している。各社そろって販売は好調だという。
東京都内に住む71歳女性は17年10月から毎朝、コーヒーカップに大さじ3杯を水に溶いて飲む。「赤ちゃんが健康に育つものだから体にいいと思っていた。大人用が出たのでさっそく購入した」と話す。体が不調な時ほど「栄養成分が体に染み渡っていくのを感じる」そうだ。
夕食の晩酌が楽しみな夫のため毎日厨房に立つが、「体力的にきつくなってきた」。粉ミルクでパワーチャージが欠かせない。
(保田井建)
[NIKKEIプラス1 2018年1月27日付]
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