大分の県民食、とり天 程よい酸味でほっとするうまさ
大分県は屈指の鶏肉の消費地だ。総務省の家計調査では大分市の1世帯あたりの購入量は都道府県庁所在市・政令市で4位(2016年までの3年間平均)、11年までは日本一だった。鶏肉を天ぷらにした県民食がとり天。様々なつけだれと味わう独特の食べ方が広く浸透している。
50代後半より年上の地方出身者には、実家で鶏を飼っていた覚えがある人も多いのではないか。「1960年ごろは大分の一般家庭で鶏を飼うのが普通だった」と県内食材の事情に詳しい別府大学短期大学部の立松洋子教授(60)。卵を産まなくなった鶏は食用にするのが日常。庶民的でおいしいとり天は、そんな昭和の時代の産物だった。
ルーツは大分市説と別府市説があるが、「元祖」の看板を掲げるのが洋食店、キッチン丸山(大分市)だ。丸山尚美シェフ(77)がゴルフ場で肉まんを酢じょうゆとカラシで食べた時、肉まんの代わりに鶏肉と合わせた味がつながって脳に刻まれた。64年東京五輪の数年前だ。新幹線が開通、巨人・王貞治選手の55号アーチに列島が歓喜したこの頃、新しい味は大ヒットに。
下味はにんにくやショウガ、ワインで。つけだれは酢じょうゆだ。カラシはたくさん使ってほしいとマヨネーズ大の容器で提供する。カラシの刺激、程よく効いた酸味……ほっとするうまさだ。写真共有サイトで知った外国人客の来店も目立つようになった。
老舗のレストラン東洋軒(別府市)では平らにそぎ切ったもも肉を九州の甘口しょうゆ、にんにく、ごま油を混ぜたたれにつけ一晩寝かせる。唐揚げに近い味で「一口目はそのまま食べて。カラシはあくまでお好みで」と経営者の宮本博之さん(60)。昭和初期にはとり天がメニューに登場していた。
つけだれがポン酢だったり塩のみだったりとレシピは多様。食堂、美味なかよし(大分市)ではカラシでなく一味トウガラシを使う。仲恵美子さん(77)は「ラーメン店をやっていたころのギョーザのたれがヒントになった。中身? 企業秘密です」。
大分のソウルフードには熱烈なファンが大勢いる。「単なる鶏肉の天ぷらだと思ったら大間違い」。大分市のサンサン通り商店街振興組合理事長の児玉憲明さん(56)もその1人だ。衣は厚く、付け合わせは胃に優しいキャベツをたんまりと。「とり天とは、それら全体を味わう、大分の食のスタイルそのものなのです」。つけだれやキャベツが欠ければとり天とは呼ばないとか。妥協を許さぬ"熱"がとり天文化を支える。
大学進学や異動などで大分県から離れると「とり天が食べられない」との嘆きを聞く。人気は唐揚げが高く、とり天の広がりは限定的。別府大学短期大学部の立松洋子教授は天ぷらならではの手間が原因とみる。
天ぷらは水や鶏卵を小麦粉などと混ぜて衣を作る。このひと手間が唐揚げにはない。「火加減も微妙」と立松教授。だが大分オリジナル料理として観光面で売り出すことはできないか。県内でも5試合がある2019年ラグビーワールドカップで大分をPRするにはもってこいの料理と思うのだが。
(大分支局長 奈良部光則)
[日本経済新聞夕刊2018年1月25日付]
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