『ジュピターズ・ムーン』 欧州の緊迫と映画的興奮
これは予期せぬ傑作だ。重力を操り空中浮遊する少年という設定はあまりにも荒唐無稽だが、そのSF仕立てと、ヨーロッパの緊迫した政治情勢と、純粋な映画的興奮を一つにすることに成功している。ハリウッド流の何でもCGで合成する作り方とは一線を画す映画の興奮にみちている。
舞台はシリアからの難民でごった返すハンガリー。難民キャンプで医師シュテルンが、国境警備隊に銃撃された難民の少年を診ようとしたとき、少年は「何かが変だ」といいながら空中浮遊を始め、どこかへ消えてしまう。シュテルンは少年を追いかけて保護するが、この少年の超能力をネタに金持ちの患者たちから特別料金を稼ぐビジネスを思いつき、少年を連れてブダペストの町をさまよう。
しかし、少年は地下鉄の自爆テロに巻きこまれ、テロリストとして指名手配されてしまう。警察の追手が迫るなか、シュテルンは少年を国外に逃がそうと奔走するが……。
表題は「木星を回る月」であるエウロパ、つまりヨーロッパを意味している。難民が押しよせたことで苛立(いらだ)ちと不寛容が充満するヨーロッパの姿が、強烈な緊迫感で描写される。しかし、難民キャンプの銃撃戦や、ブダペスト駅での追跡劇など、世界情勢の危機を息づまる映画的アクションとして見せるところがいい。
ワンカットで切れ目なしに撮られたカーチェイスももの凄(すご)い迫力で、ともかく活劇としての魅力ゆえ画面から目を離せない。
それ以上に驚くのは、数々の空中浮遊の場面だ。特撮と実写の絡め方がなんともスリリングで、この映画に比べたら、アカデミー賞を取った『バードマン』の空中飛行など児戯に類するといえよう。『恋愛準決勝戦』や『2001年宇宙の旅』の特撮に匹敵する素晴らしさなのである。コーネル・ムンドルッツォ監督。2時間8分。
★★★★★
(映画評論家 中条 省平)
[日本経済新聞夕刊2018年1月19日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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